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 3.
 陸海の膝に乗ったまま、首に手を回す。さっき叩いた頬を、ぺろりと舐めた。
 「ごめんね、痛かったでしょ」
 「……ハイ」
 陸海がそう言って首をすくめる。
 「でも、私だって、痛かったんだからね」
 「ハイ」
 そのまま、首筋に舌を移していく。陸海の指が私の髪の毛を梳くように私の頭を撫でてくれた。
 「しかもさ、右手だけじゃなくて、あの時背中も何かに当たってたんだよ。さっき見たら一応そっちはなんともないっぽいんだけど」
 「えっ!?」
 陸海が慌てて背中のタオルをはぐる。
 「ちょっとー」
 
 ひざの上で、ぐるんと回されて、背中を確認された。
 「志織さん、ごめん。ちょっと赤くなってる」
 「そう?」
 「うん、ここ」
 そっとなでられた。
 「あぁ、そこだわ。そっかー。赤くなってるか。でも痣とかにはならないよね?」
 「多分大丈夫だとは思いますけど……」
 「ま、でも陸海が責任とってくれるんだから、あんまり気にしなくていっか」
 「……」
 
 そこに唇を押し当てられた。
 「本当に、ゴメンナサイ」
 くぐもった声。舌で、ゆっくりと撫でられると、その感触の痛さと、舌のやわらかさでなんともいえないゾクゾクとした気持ちになる。
 「っんん」
 思わず喘ぐと、くすりと笑われた。
 「大丈夫ですか?」
 「うん」
 って、……しまった、不覚。背後を取られてる。
 
 背骨に沿って、舌が動く。思わず背中をそらせたら、お尻の下で、タオル越しに陸海のが大きくなるのが分かった。
 体を固定されたまま、背中をゆっくりと舐められて、それは結構まだるっこしい。でもすごく気持ちがいい。と思ったら。
 「っつ、ちょっと、痛い、痛い……」
 何するんだ!
 右肩。陸海が噛み付いた。もちろん、そんなにひどくじゃないけど、ちょっとは痛い。うん、子犬に噛まれたくらいには。
 
 「この肩がなー」
 「何よぅ!」
 「さっき、北川さんがさわった」
 「……何?」
 「俺やっぱ、ちょっと酔ってたのかなぁ。アレ見た瞬間、ちょっと理性飛んだんだよなー」
 ねぇ、私の言うこと、聞いてる?
 一人でぶつぶつ言ってる陸海に聞きたかったけど、ま、それも返事のうちか、とちょっとだけ納得。
 でもあれなんか、別にしたくてしたわけじゃなし、勝手に北川がしてきたのに、私が噛まれるのはちょっと理不尽だと思う。って、あれ?
 
 「ねぇ、それってやきもち、ってこと?」
 そう言った瞬間、陸海は口をつぐんだ。で、出てきた言葉。
 「他の、何だと思ったんですか?」
 「あ、いや、その……」
 そっかぁ。言われてみればそうだけど。
 別れるとかどうとかなんて言われたりとか、いきなり痛い思いしたりとか、そんなショックで、なんていうか……私もぶっつり来てたんだな、多分。
 怒りと悲しさとで、いっぱいっぱいになっちゃって、単純に「ヤキモチ」とかそんなかわいいもんじゃなくなってた。
 
 「ごめん」
 うん、私も少しは悪かった。少しは。少しだけ。
 そんな私の心が分かったのかな、陸海が首筋にキスをしながらささやいた。
 
 「志織さん、送っていこうと思って、必死で二次会断ってて、呼んでもらえてほっとしたら、北川さんが肩抱いてるし、口説かれたとか言うし……」
 「うん」
 「自分に自信なんかないですよ。そこをぐさっとえぐられた気がした」
 「……」
 「北川さんには常々、……勝てないなーとか、思ってて、……そういう対象だったから」
 「そうなんだ」
 陸海の顔を見ようと思ったけど、陸海は振り返らせてくれなかった。
 
 私だって、陸海がそんなに自信満々だとは、思ってなかった。でもそれは、いきさつとか立場とか考えたら、多少はしょうがないのかな、ってそんな風に思ってた。
 でも、もう少し自信を持ってもいいのかな、って思う。
 ……だから、プロポーズしたんだけど。私から。
 
 男の方からして欲しいって言う気持ちが、ないわけじゃなかったけど、陸海のことを考えたら、決心のつくのなんて何年先になるだろう、なんて思ったり。
 でも、やっぱりきちんとした形になるものがあれば、陸海だって少しは安心するかな、とか。――もちろん、断られたらどうしようとか、そんなのはあったけど、ほら、それは最初の時にもちょこっとだけ「責任取る」とか言ってたから。
 ま、こんなのでも、いっか、って。
 陸海は不服かも知れないけれど。
 

 「本気で、責任取りますからね」
 陸海が囁いた。
 「うん」
 「いまさら、なしって言うのはなしですよ?」
 「陸海こそ」
 上からかぶさるみたいに、唇をふさがれる。
 私を抱きしめていた両腕が、強い力を持って、私の体を開く。
 
 陸海の右手は胸に、左手は脚の間をまさぐっていて、なんていうか、これってやられたい放題?
 「っ、やだ、んんっ!」
 抵抗するけど、どこにそんな力が、と思うくらいの強さで、陸海の上で拘束されている。
 陸海の下半身にはまだタオルが残っているけれど、私のタオルはとっくに剥ぎとられて、膝の上で体を晒していた。
 指が、唇が、私の体を嬲る。
 
 「このまま、いいですか」
 答えるまもなく、陸海の腰が浮いたかと思ったら、タオルがなくなって、陸海の先が入ってくる。
 「っはぁん、あ、あん」
 角度が微妙に内壁をなぞって、奥へとたどり着いたかと思ったら、陸海の左手が私の一番感じるところを摘んだ。
 「んん、はっ、……いや、やだ」
 容赦ない、と思った。いつもの、やさしいセックスとは違う。貪るような、あるいは私の体を翻弄するような、……私の欲望をさらけ出させるような。
 私のペースじゃなく、陸海が欲しいと思うままのペースで。
 「イッて」
 耳元で囁かれた。
 どくん、と心臓が跳ねる。陸海が中で大きくなる。全身がそそけ立つような快感に、びくん、びくん、と二度震えた。 
 
 だめ、……
 「あ、……いっ、もう……」
 つま先が虚しく空を掻く。そのまま、イッてしまった。
 
 体が抱え上げられて、ベッドに横たえられた。
 さっきまで気づかなかったけど、月光が枕元に降りてきていて、ちょうど私の顔を照らした。
 まぶしくて、手をかざす。
 そんな私を見て、陸海は少し笑った。
 
 額髪を撫でられて、唇が落とされる。
 「俺だけ……」
 そうささやかれた気がした。
 「え?」
 「こんな志織さんを見られるのは、俺だけ、ですからね」
 月の光に浮かび上がる陸海の顔が、すごく男っぽく見えた。
 「分かってるよ」
 「一生、俺で我慢するんですよ?」
 その言い方に笑った。
 「陸海も、だよ?」
 「俺は必要にして、十分です」
 
 「良かった」
 陸海を抱きしめる。再び、陸海が入ってきた。
 「背中、大丈夫ですか?」
 「うん、平気」
 脚を深く折り曲げられて、陸海が奥を目指すように、叩きつけられる。一度達した体は、あっという間に再び昇りつめていく。
 やがて大きな波が来て、私は陸海の肩にしがみついていた。
 

 終わっても、しばらくは繋がったままでいた。
 陸海の切なそうな吐息がだんだん落ち着いてくるのを、私は肩越しに聞いていた。
 汗ばんだ陸海の体に頬を沿わせる。ゆっくりと撫でた。
 
 心の底から、好きだと思う。ちょっと前までは想像すらしていなかったのに、今は陸海のいない生活なんて、考えられない。
 陸海が、私のことを好きになってくれてよかった、と思った。
 
 「喉、渇きませんか」
 陸海が言った。
 「うん、少し」
 ゆっくりと離れる。陸海が手を伸ばしてタオルを取って、腰にかけた。
 「何か、取ってきますよ。お酒のあとだったのもありますしね。冷蔵庫に、何かありますよね」
 「うん、多分」
 ちらっと冷蔵庫の中身を想像して、そう答えた。
 
 すとんと、陸海がベッドから降りて、キッチンへと向かう。やがて手に、ペットボトルを二本持って帰ってきた。
 「これでいいですか?」
 「うん、ありがと」
 貰って、飲んだ。炭酸が喉に心地よい。
 
 「志織さんて……」
 陸海が何か言いかけて、口をつぐんだ。
 「何?」
 すりすりと寄って、陸海の懐へと入る。
 「いえ、いいです」
 「何?」
 気になるんだけど。
 「怒らないでくださいね、誕生日、いつですか?」
 突然の質問。っていうか、どこに怒ると思ってるんだろう。
 
 「? 4月だけど」
 「そっかー」
 「何」
 
 「……秘密です」
 「何よー!!」
 聞いといて、秘密? なんだか気になって仕方ない。ので、ちょっとだけ、陸海を小突いた。
 「うわっ、!」
 手に持っていたペットボトルが揺れる。中身が少しこぼれた。
 
 「ちょっと、何やってんのよ」
 「いや、今のは俺じゃなくて志織さん」
 「うるさい」
 そんなことを言いながら、タオルで拭く。と、そこに、さっきのガーゼタオルが出てきた。すっかり存在を忘れてた。
 
 手に取る。
 「ねぇねぇ、陸海さぁ、さっき何想像してたの?」
 「え?」
 陸海は陸海で、自分の足元を拭くのに集中していたみたいで、きょとんとした顔で、こっちを見た。
 私の手に、目が留まる。
 と、その瞬間。
 「わ、ちょっと、何よー。いきなり取ることないじゃない」
 私の手の中にあったガーゼタオルは、陸海に奪い取られていた。
 
 「なんでもないですから」
 そういいながら、陸海はタオルを体の後ろへとまわし、見えないようにする。
 「えー」
 私も取り返そうと、陸海の体に手を回す。
 「志織さんは、これ、持たなくていいから!」
 「どういう意味よっ!」
 「どうでも、ダメですっ!」
 半分はじゃれあいみたいに、タオルを奪い合う。というか、私がタオルを奪還しようと、陸海にまとわりつく。
 「志織さんにこれ持たすと、凶器になるんだから」
 「凶器ってことはないでしょ、凶器ってことは」
 「いえ、十分です」
 どういう意味だ。凶器といわれるほど、凶暴な使い方をした覚えはないぞ。
 
 「だから、さっき、何想像してたのって。私は今、それでここ、拭こうと思ったんじゃない」
 「うそだ」
 「うそってどういうことよー」
 いやまぁ、嘘だけどさ。
 
 「じゃ、俺から聞きますけど、なんでこんなもんと一緒に『アイマスク』まで並べてあるんですか」
 「え? そんなもの、あった?」
 すっとぼけてみせる。陸海は小さくため息をついた。
 「ありました!」
 「あ、多分この前、お昼寝した時に使ったのが……」
 「……」
 
 少し呆れたような視線。うーん、やっぱ厳しいか。
 「こんなものが、これ見よがしに置いてあって、志織さん大激怒してたら、あー、こりゃSMまっしぐらかな、と思うじゃないですか」
 「だって私、Sじゃないもん」
 「んなはずは、ありません」
 「じゃ、陸海がMなんだもん」
 「違いますって」
 「違わない」
 ……だんだん不毛な会話を続けてる気がしてきた。と、そんなことを思ったら。
 
 「実は意外と俺、Sかもしれませんよ?」
 ……ちょっと待った。何、その笑顔。
 「いつぞやのアレは燃えたなぁ。また寝込み襲っちゃおうかな」
 ドキ。っていうか、あれは本当に不覚だったんだけど。でもあの時以来、別に何もなくて、安心してたのに。
 「俺が本気出したら、志織さん縛るのなんて、あっという間だもんねー」
 「ちょ、ちょっと待った!」
 
 なんで急に強気になるんだ。陸海がガーゼタオルを手元に持ってくる。
 「いい?」
 「だめっ!」
 思いっきり体を引いて、お断りした。
 そんな私に陸海が笑った。
 「冗談ですよ。……そんなに本気で引かれると、ちょっと悲しいなぁ」
 
 どこまで本気だっ!
 陸海が、タオルをぽい、とベッド下に投げた。
 「はいはい、冗談はここまで」
 両手を広げて、おいでおいでをする。
 んんー。なんか釈然としない。
 でも、行くけど。
 
 陸海がささやいた。
 「俺が縛りたいのは、志織さんの体じゃなくて、心ですから」
 わ。
 クサイ、と思うけど、でもちょっとだけ、ドキッとした。
 陸海を見上げる。
 「ホントですよ」
 その笑顔は、すごく余裕ありげに見えた。そりゃ、少しは自信持って欲しいとおもったけどさ。そんなに急に余裕たっぷりになられるとなー。
 なんだかなー。
 
 陸海の肩越しに、丸い月。なんとなく、ま、いっか、と思った。
 
 ――――― Fin.

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