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 月曜日、俺は始業時間ギリギリに、会社へと滑り込んだ。
 普通の月曜日は、自分の部屋から出勤するんだけど、昨日は志織さんとなんだか離れがたくて、結局今朝まで志織さんの所に居たため、一旦部屋に戻ったら、こんな時間になってしまった、というわけ。
 
 「おはようございます」
 遅刻したわけではないけれど、一応そんなに目立たないように(というと大げさか)そっと自分の席に着く。
 そもそも月曜日の朝一番というのはあわただしいものだけれど、それはその日も一緒で、俺に注目する人はほとんど居ないみたいだった。
 
 志織さんはもう席に着いていて、何人かのスタッフと打ち合わせをしているようだ。
 終わって、俺の隣の席の人も帰ってきた。
 「おい、ちょっと今日、おかしいぞ」
 「は?」
 思わず尋ね返す。
 「何かあったんですか?」
 「チーフが、おかしい」
 その言い方は、ちょっと困惑したような顔で、あまり冗談を言っている風でもなかった。
 
 「おかしいって……」
 どこが、と聞こうかと思ったけど、その前にちらりと志織さんの顔を見た。
 俺たちがヒソヒソやってるのが聞こえてたのか、ばっちりと目が合ってしまう。
 やべっ
 ……とか思ったのに。
 「黒崎、おっはよー!!」
 めちゃくちゃハイテンションな挨拶。
 「お、おはようございます」
 とりあえず、返事はしたけれど。
 
 ……おい。
 
 っていうか、あんたはダレですか。満面の笑みは、何ですか。
 心の中で突っ込みを入れた瞬間、隣から
 「な、おかしいだろ」
 と囁きが聞こえた。
 おかしいも何も……どうしちゃったんだろう、というか……想像つくけどさ、二人の間のことは、きっちり仕事とプライベートで線を引くくせに、なんで自分の中の感情はダダ漏れなんだろう。
 とはいえ、そんなコトはまさか口には出せない。
 「ですね」
 と曖昧にあいづちを打って、俺はそのまま業務へと入った。
 

 始業しても、志織さんは相変わらずのノリで、午前中には部署全体がなんともいえない雰囲気に包まれていた。
 俺はそれでも多少は「ゴキゲン」な志織さんに耐性があるけれど、ほとんどの人はないだろうしなー、と少しばかり同情を覚える。
 でもって、やっぱり女性スタッフなんかは目ざといもので、志織さんの薬指の指輪に気付くのには、そう時間はかからなかった。
 
 そう、指輪。
 金曜日の夜に、怒涛のプロポーズをされた。
 そう、「された」。……俺ってどうよ。
 いや、もちろんダメってわけじゃない。うれしかった。うれしかったんだけどさ。
 ……。
 
 で、もちろん、急だったから、給料の三か月分とかそんなものを買えるわけもなく、でもなんだか形になったものが欲しいと思ったから、とりあえずやっぱり「指輪」って発想にはなるわけで、昨日一緒に買いに行った。
 知ってたけど、ダイヤってやっぱ高いな。
 志織さんはもちろんそんなことは分かってたみたいで、しきりに「いい」と言ったんだけど、やっぱり指輪ってのはダイヤかなとも思うし、……誕生石っていうのは、と思ったら志織さんの誕生石はダイヤだったし……
 そこまで聞いちゃって、知っちゃったら、さすがに「高いから他の石で」ってのもイヤだった。
 
 それにその時の俺には「着けてくれるだろうか」なんていう別の不安まであったから、志織さんが喜んでくれるんなら、もうそれでいいや、ってことで。
 給料の3割くらい。急な出費としては痛いけど、出せないわけでもない。
 それで志織さんが「俺のもんだ」っていう印をつけてくれるんなら、十分安いと思う。
 

 正午。チャイムが鳴った。志織さんは姿が見えない。多分誰かとミーティングでもしてるんだと思うけど、ふと気付くと居なかったから、どこに居るのかは分からなかった。
 
 もう少しで、一区切り、というところなので、ちょっとだけ席を立つのが遅れる。
 部内はまだ、半分くらい残ってる。
 「黒崎!」
 北川さんに呼ばれた。
 「はい?」
 
 北川さんが立ち上がる。俺の机を少し覗き込んで
 「ちょっと来なさい。……資料室」
 机の脇で仁王立ち。腕を組んで、右手で外を指差している。
 
 北川さんの声が響いた瞬間、はっきりとではないけれど、でも確かに部内にくすくす笑いが広がった。
 実は志織さんのモノマネ。これは北川さんの一発芸の十八番だったりする。俺も笑いながら立ち上がった。
 「なんですか?」
 「メシ、行こう」
 「……いいですけど」
 他の人と一緒っていうのは時々あるけれど、北川さんと二人っていうのは初めてだな、と思う。
 ……志織さんのこと、かなぁ。
 
 連れ立って、近くの喫茶店まで歩いた。普段あまり行かない店ってことは、多分それなりには気を使ってもらった、ってことなんだろうと思う。
 
 席に着いて、ランチを頼んで。
 「でな、お前、あれ、どうにかしろよ」
 唐突に北川さんが言った。
 「あれって?」
 「シラ切るな。チーフだよ」
 ……。
 「どうにかしろって言われても……」
 「あんなじゃ、本人はいいかもしれないけど、周りが落ち着かなくて、仕事にならんだろーが」
 「そうですか?」
 そうなのは分かるんだけど、多分俺にもどうしようもないから、とりあえず交わしてみる。
 「チーフがあんなのは、あの指輪が原因だろ? じゃ、お前がなんとかするのが、スジだろうが」
 
 「いや、確かに指輪買ったの俺ですけど」
 「少しは否定しろよ」
 少し苦笑いで、北川さんが言った。
 「え、だって北川さん、知ってるって、チーフが……」
 「そうだけどよー」
 
 しょうがないなぁ、という顔で、北川さんが俺のことを眺めてるのは分かった。
 でも、どうしようもないし。
 「それに多分、チーフあれ、自覚ないとおもいますよ?」
 「そんなことはないだろう」
 「いや、多分」
 俺が言っても、「何言ってるの」で終わりだと思う。
 「ためしに北川さん、チーフに『何かあったのか』って聞いてみてくださいよ。驚くと思うから」
 「そうかなー」
 俺の言葉を聞いて、北川さんも少しだけ思い当たるのか、神妙になった。
 「だから、俺より北川さんの方が、効果あるとおもいますよ」
 残念ながら、仕事の上では北川さんがパートナーなのは間違いないし。
 
 うーん、と黙り込んでしまった北川さん。
 「そっかなぁ」
 まだ、少し何か言いたそうだけど。
 結局、それ以上何も言わなかった。
 

 そのまま、食事をして、食後のコーヒーを飲んで。
 そろそろ帰ろうか、と言う時分。
 
 「なぁ、そう言えば、お前らって、どうやって付き合い始めたの?」
 北川さんが唐突に聞いた。
 俺は半分立ち上がりかけていたところへ突然聞かれたので、足が止まる。
 うーん。
 「えっと、まぁ最初は俺があこがれてたっていうか、そういう感じだったんですけど」
 
 「うん」
 北川さんは、それは知ってる、みたいにうなずいた。
 それがちょっとだけ癪に障る気がしないでもなくて。……そういえば、金曜日の敵(かたき)もあるしなぁ。
 
 「で、それがひょんなことから、チーフにばれちゃって……そのまま勢いで喰われたのが最初です」
 
 言った瞬間、志織さんの顔がちらりと浮かんだ。こんなこと言ったのバレたら、叱られるよなぁ。
 でも、その言葉の効果はテキメンだった。
 「く、……喰わ、何……? バ、バカヤロー」
 ばさっと音がしたと思ったら、北川さんの手にあった伝票が落ちてた。慌てて拾う。ふと見ると、北川さんの顔は、かなり赤くなっていた。
 
 「プロポーズも、向こうから、だったんですよねー。結婚って、何からすればいいんですか?」
 「……し、知るかっ!」
 動揺しまくっている北川さんに背を向けて、出口へと向かう。
 あー、すっきりした。
 北川さんに見えないように、俺はそっと舌を出した。
 
 ―――――― Fin.

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