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  3.
 服の上から胸を触るのにも飽きて、Tシャツの下から手をもぐりこませた。部屋はだいぶ暖かかったけど、私の手は結構冷たくて、地肌に触れた瞬間、黒崎は小さく息を止めた。
 指の腹で先端をなぞる。それは最初はわずかに感じる程度だったのが、だんだんとその存在を主張し始めて、男の人も一緒だな、とそんな事を思った。
 
 黒崎は観念したように目を閉じて、私の下に横たわっている。
 その顔は眼鏡のせいか、髪型なのか、普段より若く見える。その顔を見ていると、なんだか急に悪いことをしている気持ちになるのが不思議だった。
 
 指先で、きゅっとつまみあげると、一瞬眉が寄せられて、小さく息を吐いた。
 「声、出しなさいよ」
 「え、でも」
 困ったように私を見上げる黒崎の表情は、でもそんなには嫌がっていなかった。多分。
 「声、出したほうが気持ちいいんだから」
 「……」
 その表情を目にやきつける。今度は強くひねった。
 
 「あっ、」
 堪らず声が漏れて、黒崎は私から顔を背けた。漏れた声に羞恥を感じているのが、余計に色っぽくて、私は思わず笑った。
 「チーフ」
 「何?」
 額に唇を落とした。
 「そんな趣味があったんですか……」
 いくらか、恨めしそうな声。
 
 「そんな趣味って……」
 その言い方に、苦笑する。まぁ、そんな趣味、かな。
 「ないわよ」
 即座に否定。だって今まで、こんなことしたことないし、やりたいと思ったこともない。でも。
 
 「私にはない。でも黒崎見てるとその気になるのよね。私じゃなくて黒崎にその気があるんじゃないの」
 
 「……僕ですか」
 諦めたようにため息をついて、黒崎が言った。
 「僕にも、なかったはずなんですけど」
 「イヤなの?」
 「いえ、チーフならいいかな、っていうか仕方ないかなって思います」
 そう言った黒崎の頬は、わずかに紅潮している。私はどうしようもなく黒崎のことが愛しくて、抱きしめたくなった。
 
 恋とかじゃないのかもしれない、とちらりと思う。でも、この気持ちは間違いなくここにある。私は黒崎が愛しくて、黒崎に発情している。
 「じゃ、あきらめなさい」
 そういうと、黒崎の顔が少しほどけた。
 

 リビングでは嫌だと懇願されて、ベッドルームに移った。
 押し倒している時は間違いなく私の方が上なんだけど、立ち上がると黒崎のほうが身長も高くて、見上げると少し照れてしまった。変な気分。
 
 ベッドに腰をかけると、黒崎の手が、そっと伸びてきた。押しとどめる。
 「生意気よ」
 黒崎のくせに。それは言わなかったけど
 私がそういうと、黒崎は少し首をすくめた。
 「スミマセン」
 
 眼鏡をはずし、ベッドの上に押し倒した。再び私のほうが少し上に戻って、それは少し私を安心させた。
 黒崎は上にはもう何も着ていなくて、私はうなじに舌を這わせながら、黒崎の胸を苛んだ。
 「っ、あ……」
 こぼれる声がどうにも色っぽくて、もっともっと聞きたくて、私は夢中で黒崎の体をむさぼった。
 やっぱり、いい所とそうでもないところがあるみたいで、一際声が上がったときには、膝をこすり合わせるみたいに下半身も動く。
 指でさわさわとわき腹を辿ると、声も出ないくらいに震えた。背中の中央を、くぼみに沿ってゆっくりと舐める。まるで猫の子のように、黒崎が啼いた。
 
 「チーフ、もう、お願いです、……許してください」
 「何が」
 これもいじめてることになるのかな。
 太ももに、黒崎の感じている証が擦り付けられるみたいに動いた。
 指を伸ばす。下着の上から絡めるように、熱くて大きいそれを撫で上げる。
 「くっ、はっ……」
 必死でこらえようとしている姿は、男のそれと、従順な部下のそれとが交じり合って、どうしようもなく私を煽った。
 
 「黒崎、いいよ、すごく色っぽい」
 「い、色っぽいって、そんな……」
 困ったような顔。
 「いいじゃない、好きよ、その顔。もっと見たい」
 そう言うと、かすかに目をそらした。その表情は肯定。私は黒崎の下着に手を掛けて、一気に引き摺り下ろした。
 
 「僕ばっかり……っん」
 言いかけた黒崎の唇をふさぐ。
 指を絡めた彼自身は、先端が濡れている。その液を絡めるように刺激した。
 「んん」
 「すごいのね、黒崎のここ」
 こういうのも言葉責めっていうのかしら、とそんなことを考える。
 「だって、チーフが、そんなことするから……っあ、あぁっ」
 だめだ、溺れそう。ずっとこんな黒崎を見たいなんて、そんなことまで思ってしまう。
 
 そうだ、私はずっと黒崎とこんな風にしたかったんだ、とそんなことを思った。
 もちろん意識なんてしてなかったけど。
 仕事の時も、疲れたら黒崎にかまってた。時に理不尽な八つ当たりをしたり、あるいは正当なお叱りだった時もあるけど、叱られてしょげてる黒崎を見て、あるいはその後――もちろんフォローするのは忘れなかったから、その時――めげず、へこまず、きちんと付いてきた黒崎。
 
 欲しい。黒崎が欲しい。全部欲しい。
 改めて、強く、そう思った。
 

 「チーフは、服、脱がないんですか」
 「何? 脱がせたい?」
 「……はい」
 少し顔を赤らめて、黒崎が言った。
 そんなこと言ったって、実はもう、黒崎にまたがってるせいで、スカートなんてはいてるんだか、巻きついているんだか分からないくらいまくれあがってるんだけどね。
 
 「じゃ、脱がせて」
 「え?」
 戸惑ったように見上げる黒崎。あはは、だって今、黒崎の手は私が押さえつけてるから。
 「ほら」
 胸元を黒崎に押し付けた。手を使わずに、外せるものなのかな、何かで見たことある気はするけれど。
 おずおずと黒崎が私のボタンに口付けた。首が痛そうだけど、それでもなんとか一個。
 
 「よくできました」
 めちゃくちゃ大変そうなので、それ以上いじめるのはやめた。っていうか、私ももたない。ブラウスだけ脱いで、ブラはそのままで、黒崎の手をはずす。
 さすがにこれを自分ではずすのはいやだった。
 黒崎の手が伸びてきて、あっという間にブラもはずされた。何も言ってないのに、吸い寄せられるように黒崎の唇が私の胸をついばむ。
 
 「あぅっ」
 黒崎を苛めながら、私自身もかなり昂まっていたらしい。想像以上の快感が、胸先から駆け抜ける。
 思わず腰を黒崎にすりつける。やだ、これじゃさっきまでの黒崎と一緒じゃない。
 「だめ」
 思わず漏れた声。
 「え……だめ、ですか」
 違う、でも。
 不安そうな顔をした黒崎に微笑んでみせる。私は自分の下着を抜き去った。
 
 「いいよね、もう」
 返事を聞かずに、腰を落とす。
 「あ、チーフっ……」
 切なそうな黒崎の声が聞こえた。私の腰に回っていた指が、わずかに強く、私を抱き寄せた。
 
 「あっ、……ああぁっ」
 声がこぼれる。私の中で、黒崎の存在感が増していく。私の体重がかかっているというのに、黒崎の腰ががくがくと私を突き上げた。
 「うぁ……あぁ、黒崎ぃっ」
 「あ、チーフ、待って、……」
 突如黒崎の焦ったような声。
 「っ、な、に……」
 「着けてない」
 「……いいよ」
 何を言おうとしてるかは分かった。でも止まらない。っていうか、いいんだってば。
 
 「ダメです、あ、チーフっ」
 「いいから」
 そこまで来ている快感の波を逃したくなくて、私は腰を動かした。
 「あぁ、チーフ、チーフっ……!」
 黒崎ももう、我慢できないみたいだった。一際大きな、エネルギー。
 「っあ、あ、あ……」
 何度か、大きく揺さぶられる。体が揺れているのか、それともそう感じているだけなのか。ぞくり、ぞくり、と震えが来た。
 そのまま、黒崎の胸の上へと突っ伏した。
 

 気を失っていたわけじゃないと思う。でも、少し放心状態だったみたいだ。
 黒崎の指が肩に触れて、私は正気を取り戻した。上に、何か掛けられた。綿毛布、かな。その冷ややかでもなく、暑苦しくもない感覚は、私を取り戻させる。
 「ふぅ、っ」
 体を動かした。下から黒崎が私を見ていた。……さすがに、退かないと重たいだろう。って、ちょっと。
 
 「離しなさいよ」
 一応黒崎の体からは降りたんだけど、……黒崎の腕は私をしっかりとつなぎとめている。
 「いやです」
 きっぱりと黒崎が言った。
 「いやって……」
 黒崎は、私を見ていた。少し怒ったような顔。でも、なんだか優しい顔。黒崎が何をしたいのか、言いたいのか分からなくて私は少し困ってしまう。
 
 「もうっ」
 黒崎が突然そう言って、私をさらに抱きしめた。
 ちょ、ちょっとー。
 なんだかやっぱりちょっと怒ってるっぽいんだけど、心当たりがない。いや、ありすぎ、というべきか。でも黒崎だっていやじゃないと言った訳だし、仕方ないとかなんとか、別に怒るほどの抵抗はしなかったと思うし……
 「着けてない、って言ったのにっ」
 え? あ、それか。
 「だいじょーぶよー」
 あんまり生々しくしたくなくて、私はあえて棒読みっぽく言った。
 「大丈夫じゃ、ないでしょう? チーフの体なんですよ?」
 「いや、だからー」
 と、そこまで言って、ふと思う。
 「何、デキちゃったって責任取れないとか、そういう話?」
 
 「違いますっ!」
 あ、今度はホントに怒った。
 「そういう話じゃないでしょ?」
 「結婚しろとか迫ったりしないから、大丈夫大丈夫」
 「だからそうじゃなくて……!」
 「違うの?」
 「仕事はあれだけ完璧主義で、あれこれ細かくてうるさいのに、突然豹変したかと思ったら、なんでこんなとこに無頓着なんですか。計画性をもって行動しろって、普段からうるさいのは、チーフの方でしょう?」
 
 ……うるさいなぁ、もう。しょうがないじゃん。それに……
 「責任取れっていうのだったら、いくらでも取りますけど、そういうんじゃなくて、僕はもっとちゃんとチーフと付き合いたいんですっ」
 「あ、そうなんだ」
 軽く言うと、目を大きく見開いたかと思うと、突然目が潤んだ。
 え、まさか泣くわけじゃないよね。
 「当たり前ですっ」
 あぁ、これは、いじめて下さいの顔だ。
 
 「一度寝たくらいで、彼女面すんなとか言うのかと思った」
 「何、言ってるんですか」
 いや、今のはちょっとだけ嫌がらせ発言だし。
 「チーフの方が、そう言いそうですよ」
 「それもいいね」
 「だめです」
 あぁ、いい。これだ。
 「それに、妊娠のことなら、私そっち系の加減で、ピル飲んでるから大丈夫」
 「え?」
 「何度も言わすんじゃない。大丈夫だってことよ」
 
 ま、あんまり心配させてもいけないし、変な誤解をされたままでも困るし。種明かしだけはしておくか。
 「あ、そうなんだー」
 本当にほっとしたみたいに黒崎が言った。
 
 「何、そんなに『ヤバイ』とか思ってたわけ?」
 やばいのは私だって。とまらないよー。
 「いや……その、『責任』問題はいいんですけど、ちょっと、その……」
 「何?」
 「そんなことになったら職場でどんな目に合わされるかと思うと……」
 ぷっ。思わず噴出した。そう言った黒崎の顔が、本当に情けなさそうに笑ってたから。
 「笑い事じゃないですよ。チーフ人気あるし、そんなことになったら仕事にも差し支え出たりするかもしれないし、そしたら、何てことするんだって叱られるのは僕じゃないですか」
 「あー、まぁねぇ」
 無計画とか怒ってたのは、そこも含めてってことか。
 
 「大分先のことまで考えられるようになったのねぇ」
 「嫌味ですか」
 他の何に聞こえるんだ。
 「ま、まだまだだけどね」
 「そんなー」
 
 黒崎の前髪に手を伸ばして、そっと撫でた。
 「ま、当分はイロイロ教えてあげる」
 ちらりと黒崎が私を見た。
 
 「……ヨロシクオネガイシマス」
 私はくすくすと笑い出してしまった。つられたように、黒崎も笑った。
 
 ―――――― Fin.

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