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 その日、俺は志織さんの部屋で目を覚ました。
 腕の中では、志織さんが寝ている。こんな朝も何度目だっけ、とそんなことをぼんやりと考えた。
 レースのカーテン越しに朝の光。だいぶ陽も高くなっているみたいだ。
 
 昨日は日帰りで、ちょっと大変だったけど、水族館へ行ってきた。
 日差しが強かったから、志織さんの鼻の頭は少しだけ日焼けして、わずかに赤くなっていた。それが普段の志織さんより、ちょっとだけ幼く見せている。
 夜は夜で大分「頑張って」おられたから、たぶんお疲れなんだろうなー、とその寝顔を眺めた。
 
 夜、そう、それが問題だ。
 
 なんでだか、この人は縛りたがるんだよなー。最初がアレだったのはともかくとして……その後も執拗に縛りたがるっつーのは、やっぱ、いわゆるSってヤツなんだろうか。
 志織さんは俺が「M」だからだとか言うけれど、そんなはずはないし。
 ない、はずだし。俺の記憶では。
 
 仕事の時とか見てるとSだと言われても納得できなくはないけれど、それ以外の時はそんな風でもなかった。それが……いざコトに及ぶと豹変するんだから、人は見かけによらないって言うか、……いや、むしろ方向性が強化されるってことなのか。
 それがいけないってわけじゃない。むしろ、ただ抵抗せずにいれば、思う存分ヤッてくれて、最後まで行くんだから、これほど楽なことはない、ということも言えるかもしれない。
 ――プライドっていうか、そういうことさえ考えなければ、だけど。
 
 ただやっぱりさぁ、男としては、俺の手で喘がせてみたいとか、そんなことを考えてしまうわけで。いくら昼に頭が上がらないからって、夜までそれはないよな、とか。
 志織さんがすごく嬉しそうに笑うから、そんな顔をされるんだったらいいかな、と思ってつい、こんなセックスに甘んじているのがこの状況なんだけど、この先ずっとこんなかな、と考えてしまうと、それはあんまりじゃないかと思う自分は間違いなくいたりする。

 ただ、唯一にして最大の問題は、どうやってこの状況を逆転するか、というその手法にあることは間違いない。
 だって、俺は彼女に抵抗できない。
 惚れたが負け、というただそれだけの理由なんだけど。
 多分、縛るという行為だけじゃなくて、もっと過激なことや恥ずかしいことをされたとしても抵抗出来なさそうな自分が怖い。
 
 さすがにそれはまずい。ないと思いたいけれど、今までの期待の裏切られっぷり(ちなみに誉め言葉だ、一応)を思えば、絶対ないとは言い切れない。その度に、どんどん――ただ憧れていただけの頃よりも――惚れていく自分。空恐ろしいとは、こんなことを言うんだろうかと、そんなことを思った。
 
 無邪気に眠りこけている志織さんの額に、そっと口づけた。まったく反応なし。こんなに熟睡している志織さんの寝顔を見るのは初めてかも、とそんなことを思う。
 ちぇ、人の気も知らないでさ……
 なんとなく、頬を引っ張った。もちろんやさしく、だけど。
 「んんー」
 少し嫌がるみたいに顔を背けたけれど、起きる気配は無い。
 今だったら、なんでも出来そうだけどな。
 
 なんでも?
 ……。
 一瞬頭をよぎった淫靡な想像に、頬が熱くなったのが分かった。
 えー、でも。
 志織さん、怒るだろうしな。っていうか、嫌われたりとか、しかねない? でも、ここしばらくの彼女の反応を見ていると、割と俺のこと好きでいてくれるみたいだから、許してくれないかな。
 うん、本当に怒ったり、引いてしまったりしてるっぽかったら、即やめて、土下座でもなんでもすればいいや。
 
 辺りに目を配って、探す。
 俺は志織さんの体の下から、そっと腕を抜いた。
 俺側のベッドのすぐ下。和風タオルとでもいうんだろうか、明らかにソレ用に志織さんが調達してきた(?)っぽいような、準備してたっぽいような、昨晩、俺の手首に巻かれていたそれ。
 薄手の、ガーゼのような生地。長さは80センチメートルくらいあるだろうか。結構長くて、しかもきちんと結ばれていた。
 
 俺のつたない経験から言えば、確かにネクタイよりは痛くなかった。
 それにしても、いかにもソレ用の紐とかよりかは、いいけどさ。準備するってのはどうなんだろう。それが当たり前になるっていうのは、ちょっと困るかな。

 で、まぁ。とりあえず志織さんを見下ろして、決心をつける。
 拘束したいわけじゃ、ないんだからな、と自分に言い訳をしつつ、そっと志織さんの手首を取った。真っ白な胸元に、昨晩俺が意地でつけたキスマークが一つ。
 痛くさせたくないので、そのまま胸元で手首を重ねて結ぶ。
 まったく起きない。信頼されてるんだなと思ったら、少しだけ胸が痛んだ。
 
 そのまま、しばらく待った。起きる気配は相変わらずなかった。
 昨日寝たの何時だっけ、と思う。無理やり起こされた挙句に手を縛られてるのが分かったら、志織さんじゃなくても怒るよな。
 とりあえず、志織さんが目を覚ますのを待つことにした。
 

 どすん
 
 どうやら少しだけうつらうつらとしてしまったみたいで、俺は衝撃で目を覚ました。
 「陸海っ!」
 んー?
 「ちょっと、コラ!」
 志織さんの声。
 「はい?」
 「何よこれっ!」
 はっと目を覚ました。寝とぼけている場合じゃなかった。
 
 「あー。それ……」
 「あーそれ、じゃない。何よこれ」
 「いつもやられてばっかりだから、ちょっとやり返してみた」
 一応、バカ正直に言ってみる。
 
 「はぁっ?」
 志織さんはそう叫ぶなり、口をパクパクさせている。
 「な、何考えてるのよっ」
 みるみるうちに、顔が赤くなった。あー、こんなのも新鮮でいいな、とか、そんなことを思う。
 俺があんまりにも平然としているので、志織さんもどうしていいか分からないみたいで、ちょっとだけ泣きそうな顔になった。
 「何って言われても」
 「なんなのよっ」
 「いやですか?」
 「当たり前じゃない」
 「……ですよね」
 
 うん、そうだろうなとは思うんだけど。
 志織さんは声にこそ出さなかったけど、視線で「分かってるんなら外しなさいよ」と俺のことを脅迫している。
 とはいえ、そんなにひどくご立腹という感じではなく、むしろ想定外の状況に戸惑っている、という感じに見えた。
 
 「いや、僕としては外せるモンなら外したいんですが、外したら志織さん抵抗するでしょ?」
 「ナニする気っ!?」
 「……何でしょう」
 今まで散々俺をいたぶってきたことを思い出したのか、顔は赤くなったり青くなったりしている。その様子がおかしくて、俺は思わず笑った。
 
 「うそですよ。別に何かひどいことをしようってわけじゃないです、ただ……」
 「?」
 「僕も一応男なもので、好きな女の人には思いっきりやさしく『してあげたい』ときもあるんですけどね」
 「これが『やさしく』って態度か、コラ!」
 志織さんが両手を振り回す。
 「だって志織さん、すぐ縛るし……」
 
 「……」
 「気持ちはあっても、ほら、物理的に拘束されると、手も足も出ないってのは、まさにこのことで……。ま、たまにはこういうのも、……ダメ、かなー」
 一応、お伺いを立てる、という感じで言ってみる。
 「いいわけ、ないでしょっ!」
 怒ってるというよりは呆れてる? そうだよなぁ。別に縛らなくたって、力は俺の方が強いんだもん。普通だったらこんなことする必要は、ないって言えば、ない。でも。
 
 「志織さんに抵抗されると、弱いんですよね」
 「……だからって、コレ?」
 分かってるんじゃん。俺は目で「そうです」と言ってから、志織さんに手を伸ばした。
 
 「きゃっ」
 膝の上に抱え上げる。
 「ちょ、ちょっとー」
 「ていうことで」
 「まだ、終わってない、っていうか、はずせー」
 
 とりあえず、志織さんの言葉の抵抗は無視することにする。後ろから両胸に手を回した。
 首筋にキスしながら、先端をかるく刺激すると、それでも志織さんは小さく息を吐いてあえぐ。
 「ヤダもうー。っん」
 やっぱり実力行使ってのは効き目があるらしい。明らかに志織さんの体に、変化があった。少しこわばってた体が、ゆるむ。
 首を後ろに向かせてキスをした。
 「僕ばっかりじゃなくて、志織さんにも、気持ちよくなって欲しいんですよ」
 「そ、そんなの、充分だもん」
 「僕が満足してないんです」
 「でも」
 
 そのまま、体もこっちに向けて、首筋から胸元へと吸う。
 体をゆっくりと倒した。志織さんを横たえる。腰まわりにまとわり付いていた肌布団をはがし、志織さんの体を見下ろす。
 目の前では志織さんの胸がわずかに揺れて、俺の唇を誘っていた。
 片方は手でゆっくりと揉みほぐしながら、もう片方を味わう。
 「っあ、や、やだ……」
 志織さんの声が、少し変わった。艶を帯びた声。でも、ちょっと震えている?
 俺は顔を上げた。
 
 「イヤ?」
 志織さんはちょっとだけ首を振った。赤らんだ頬と、少し涙のにじんだような瞳。そんなにイヤだったんだろうか。
 「本当にイヤだったら、やめますけど」
 「……ちがう、っていうか、違わないけど……」
 「なに?」
 「せめて、もうちょっと……暗くして?」
 恥ずかしい、と消えそうな声で言った。
 
 今までだって、さんざん恥ずかしいことしてきたくせに、と思わないでもなかったけれど、その志織さんの表情は、本当に恥じらっているっぽくて、なんていうかかわいくて、俺は思わず苦笑した。
 「バカッ」
 その笑いの後ろにあるものに気づいたらしく、志織さんがそう言って俺をにらむ。
 でも、怖くないもんね。
 「暗くしたら、いいんですね?」
 返事を聞かずに立ち上がった。窓辺。一応シーツの端を引っ張って、前を隠しながらカーテンをきちんと閉めた。
 遮光カーテンなので、一瞬にして、かなり暗くなる。
 でも、本当の真っ暗闇じゃない。うすぼんやりと志織さんの白い体が浮かんでいた。
 
 「っん」
 唇をふさぐ。暗くしたら、ターボが入ったみたいで、一気に突き上げてきた。
 でも、それをこらえて、志織さんの体に手を這わせる。
 志織さんの反応を見ながら、丹念に探っていった。うなじと内腿が弱いみたいだな。
 
 「やだ、陸海、おかしくなっちゃう」
 体全体を堪能した後、脚を広げて、その奥に口づけた。縛った両手が、ちょうど俺の頭のあたりにあって、まさぐるように髪の毛を撫でる。
 俺は舌と唇で志織さんの奥をむさぼった。
 「あ、あん、……っあぁっ」
 激しく肩で息をしていたかと思ったら、志織さんの腰がわずかに浮いた。
 イッちゃうのかな。逃さないように力を入れて押さえ込んで、さらに刺激した。
 「だめ、あぁ、ヤダっ、……っ!」
 脚がかすかにひくひくとして、その瞬間、蜜がとろりと垂れた。
 
 指ですくう。その感触にもかすかに悲鳴を上げた。
 体を起こして、左手で、志織さんの髪を撫でる。
 「ばかー」
 照れくさそうにそんなことを言うから、俺はたまらなくなって、そのまま志織さんの上に倒れこむように抱きしめた。
 そのまま、志織さんの中へと入り込んだ。
 
 「え、やだ、待って」
 待ってといわれても、そんな志織さんを見てはそうそう我慢も出来るわけもなく。
 それに多分、大丈夫っぽいし。
 「んっ、あ……」
 志織さんはわずかに首をのけぞらせて、俺を受け入れる。その唇に舌をねじ込んだ。
 たまらなく「犯ってる」気分が俺を高揚させる。
 
 「ふっ、んんー」
 俺の腹の下で、志織さんの手が、行き場をなくしたみたいに動いた。それに気づいて、つながったまま、志織さんをうつむけにした。
 「ひあっ、やっ」
 後ろからってのも初めてだな、とかそんなことを思う。
 「や、やだ、あん、あっ」
 小刻みな悲鳴が聞こえる。いつもより深く入っている気がする。俺は突きこむように何度も志織さんの奥へと叩きつけた。
 
 その格好のまま、志織さんがもう一回、イッた。
 志織さんの手首のタオルをほどく。
 「あぁ……」
 志織さんの体がが脱力したみたいに弛緩した。でもごめん、俺まだだし。
 
 向かい合って、腰に手を当てて、体を起こした。これが一番密着してる感じで、やっぱ好きだな、と思う。
 「動ける?」
 「無理」
 だろうな、と思いつつ、志織さんの体を揺り動かした。
 「ダメ、陸海、ゆるして……」
 ぐったりと俺の胸にもたれかかって、志織さんがつぶやくように言った。
 「ん」
 
 横たえる。やりすぎちゃったかな、と思いつつも、俺は最後の抽送に入った。
 角度を変え、何度も、何度も志織さんの中へと押し入る。
 「んっ、あっ……」
 単調な志織さんのあえぎ声。
 「あっ……陸海ぃっ」
 切なそうな志織さんの声がした。わずかに、中がきゅっと締まる。それが最後の刺激になって、俺は自身を解放した。
 

 終わっても、志織さんはぐったりと横たわっていた。
 簡単に後始末をしてから、志織さんを覗き込む。わずかに薄目を開けて、俺のことを見た。
 「大丈夫ですか?」
 「んなわけ、ない」
 「……」
 「も、ダメ。死んだ」
 「……スミマセン」
 
 「覚えてなさいよ」
 「スミマセン」
 「も、いい。寝る」
 「ハイ」
 
 口調はちょっと怖かったけど、志織さんの手が、俺の腕に回される。
 それに気づいてほっとした。
 ゆっくりと髪の毛を撫でる。志織さんの唇が、わずかにうっすらと笑った。
 
 俺もそのまま、眠ることにした。
 
 ―――――― Fin.

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