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 2.
 夕方再度、予定していなかったミーティングが入った。
 終わって携帯を何気に見ると、陸海から「一旦帰ってから行きます」というメールが入っていた。小さくため息をつく。
 少しでも早く二人になりたいのに。そんなことを思った。
 
 「今終わった。待ってます」
 そう返事をしたら、すぐに電話がかかってきた。
 結局私は私で帰って、陸海は家から私の部屋に来ることになった。
 家に帰ったら、さすがにまだ陸海は来てなかった。部屋へ入って、それから……そわそわと、何も出来ないままに数分。
 ベルが鳴る。扉を開けた。
 「わ、わ……」
 勢い良く開けた上に、飛びついて、抱きついて、引きずり込んだので、陸海は少しだけ慌ててた。
 
 「チーフっ!?」
 「ん? 何?」
 「いや、その……」
 
 首筋にしがみついて、唇を埋めた。
 陸海だ。陸海の匂いがする。あたたかい。
 最初、陸海は私の体重を受けて踏ん張っていたけれど、やがて少しよろけたかと思ったら、ゆっくりとしりもち体制で、床に腰を下ろした。
 私はそのまま、陸海を床に押し倒す。腕を押さえつけたままネクタイを抜いて、シャツのボタンをはずした。
 「あのー」
 「何よ」
 「また、縛るんですか?」
 陸海が言った。少し困ったような不安そうな、でも笑ってるような顔。
 
 は? 何?
 陸海の言ったことがよく分からなくて、私の思考は一瞬止まった。ほんの一瞬だけ。
 縛る? 何を? 陸海を?
 と、そこまで考えた瞬間に、頭の中に裸で手を縛られた陸海の映像がフラッシュバックした。私の頭は少し混乱していた。
 
 縛って欲しいってこと? いや、今のは……
 この前、かな? ……えっと、……と考えた瞬間に思い出した。うわー、私この前、陸海縛ったわ。まったく記憶になかったけど、今、しっかりと思い出した。
 いや、問題なのはそこではなくて。
 さすがに忘れてたとは言えなくて、それは口には出さない。っていうよりも、今ここでそう聞いた陸海の真意の方が問題だ。
 
 縛って欲しいの? と意地悪に聞きそうになって、あやうく口を閉じる。
 もし「はい」とか言われたら、どうする気だ、私。いや、言わないとは思うけど。素面で陸海のこと、縛れるのか?
 とかそんなことを想像して、一人赤くなったり青くなったりした。
 「チーフ?」
 陸海が尋ねる。
 
 いけない、いけない。あまりの衝撃に、ちょっと止まってた。陸海はまだ、私の腕の下にいる。
 「どうしようかしら」
 とりあえず、動揺は隠して、そう言った。
 「出来ればやめてクダサイ」
 陸海の言葉にちょっとだけほっとした。でももちろん、そんなことは表に出さない。
 「いい子にしてたら、縛らないであげる」
 我ながらうまいことを言ったもんだと、思わず笑みがこぼれた。
 「いい子って……」
 その笑みをどう取ったのか。陸海がちょっと情けなさそうに、苦笑した。
 
 それ以上何か言うと、ボロが出そうなので、私は陸海の唇をふさいだ。
 「っふ……」
 少し首を傾ける。それに合わせて陸海の首が少しのけぞった。陸海の左手は私の背中に回ってるんだけど……右手が私のブラウスの合わせ目に沿って動いた。
 器用にボタンを一つだけはずすと、少し冷えた陸海の指が、胸の谷間を這う。
 「んっ、」
 冷たさに思わず声が出た。
 陸海が少し慌てたみたいに手を抜いて、私の頬を撫でた。
 目がスミマセンと言っている。その視線がおかしくて、思わずくすりと笑った。
 
 「チーフ?」
 「ん、何?」
 シャツをはぐって、胸に口付けたとき、陸海が唐突に私を呼んだ。
 「いい子でいたいのはやまやまなんですが」
 そう言った瞬間、陸海が起き上がる、と思ったらあっという間に形勢逆転。陸海の顔が上にある。でも私の体の下には陸海の腕があったから、ぶつけたりはしなくて……
 
 「や、ちょっと、何っ?」
 だからー、陸海が上に来ると、なんか負けた気がしていやなんだけど。陸海は私と違って押さえつけたりはしなかった。でも、その替わりに。
 
 「なんでチーフって、ところかまわずなんですか、毎回」
 なんてことを言ったかと思ったら、私の体は宙に浮いていた。
 「や、何、え? えぇっ?」
 お姫様抱っこっていうやつ?
 「やーだ、ちょっとおろしてよ」
 とりあえず、言葉だけは抵抗する。
 「待ってくださいって。落としませんから」
 と言いつつ、すたすたと歩く。ゆれるのが怖くて、陸海にしがみついた。
 
 陸海の着いた先は、寝室。ベッドに下ろされた。
 「もうー何するのよー」
 「ハイハイ。お好きにどうぞ」
 冗談めかして陸海が言って、私を抱きかかえたまま、ベッドに横になった。ご丁寧に、さっきと同じ体勢。私の下に、陸海の顔。
 えっと、ベッドに来たかったから、実力行使されちゃった、ってことなのかな。
 
 「え、そんなに怖かったですか?」
 ちょっと呆然としていた私に、陸海は笑いかける。
 「何よー、別にあそこでもいいじゃない」
 ちょっとむっとした声で言ったら、陸海は少し首をすくめて
 「背中が痛いんです」
 と言った。
 ……そりゃ気づかなかった。ゴメンナサイ。
 
 なんかさー、悔しい。気に入らない。すごく負けた気がする。んー。
 当たり前だけど、陸海が本気出したら、私は何も出来ないんだなぁとか、そんなことを見せつけられて。
 「チーフ? 怒ってます?」
 怒ってない。っていうか、もしそうだったとしても、そんなこと言うもんか。
 「ううん、怒ってないよ」
 にっこり笑って見せたら、ちょっとほっとしたみたいに陸海も笑った。
 「でも、いい子じゃなかったから、縛っちゃうね」
 え、そんなー、と陸海がぼやいた。
 
 うん、覚えてないから確証なんてないけど、たぶんこの前の私もこんな気分だったに違いない。こんな、ちょっと気を抜いたら、負けちゃいそうな気分。せめて物理的にでも優位に立たないと、なんていうかいたたまれない。
 カッターシャツを脱がせて、後ろ手に縛った。一瞬皺になるかもと思ったけど、家に帰ってから来てるからには着替えくらい持ってるはず。っていうかそういう荷物だったし。
 
 で、皺になる、と言えばスーツのズボンもだな、なんて思ってそのまま脱がせた。
 「ほんとに縛るんだもんなー」
 とかなんとか言ってたけど、聞こえない振り。
 一度やってしまえば、二度も三度も同じことよ、とか。こういうのをやけくそと言うのかな。
 

 目の前に横たわった陸海の体を見下ろす。少し恥ずかしそうに体をかがめているのに、下着の中のふくらみだけが妙に男を主張していた。
 「縛られても、こんなになるんだ」
 そっと指で触れた。
 かっと顔が赤くなる。
 「だって」
 「何」
 「今のチーフ、壮絶に色っぽい」
 
 予想外の言葉に、思わずごくりとつばを飲み込んだ。今まで、陸海はどっちかと言えば恥ずかしそうに顔を背けていることが多かった。でも、今は私を見てる。
 「そう?」
 「はい」
 そう、なのかな。自分では分からないけれど。
 「だって、陸海が欲しいもの」
 
 陸海の喉がごくん、と言った。顔だけじゃなくて、首まで赤くなる。そんな陸海が愛しくて、私は声を立てて笑った。
 
 頬からまぶたへと口づける。私の唇を追うみたいに、陸海の首が動く。
 私は陸海の髪をかきあげるみたいに撫でて、そのまま首筋へと唇を移した。
 だんだんと、陸海の息が荒くなってくるのがわかる。
 「っ、はぁっ」
 少し噛み付くと切なそうに喘いだ。
 首筋、服を着たらシャツの襟がかかる辺りに、ゆっくりと証をつける。
 「っ、何、してるんですか……」
 「内緒」
 あぁ、好きだ、と思う。笑いがこぼれる。
 「あんまり、焦らさないでください」
 「やだ」
 くすくすと笑って、頬を撫でた。
 
 それから唇を下にずらす。徐々に、これでもかっていうくらい、ゆっくりと、舌を這わせた。鼻から抜ける息が、時々リズムを乱すのは、そこが感じているってことなのかな。
 手を動かせない陸海は、私のするがままだ。ときおり恨めしそうに、私の方を見上げるけれど、それ以上何も出来なくて、歯を食いしばるみたいに、喘ぐ。
 
 「手、痛くない?」
 「……少し」
 体の下敷きになっているのに気づいてそう言った。
 外してもらえるのかと期待したみたいで、表情がぱっと変わる。そんな表情を見たら、外したくなくなってしまうのだから、大概自分も意地悪だなぁとそんなことを思った。
 
 「じゃ、体起こして?」
 「えっ?」
 ベッドの片側は壁にくっついている。そこに体をもたれかけさせた。
 「な、何するんですか」
 下着を取り去って、足を広げると、かすかに声が震えていた。その足の間に体を滑り込ませて、陸海に抱きつく。
 陸海の足の中で、私は服を脱いだ。
 
 自分で脱ぐのは、どうしたって恥ずかしい。でも、陸海の格好のほうがよっぽど恥ずかしいだろうから、それを思えばそこまで抵抗もなかった。
 陸海の手首のシャツ以外は、二人とも何もつけてない状態になって、私はさっきの続きを始めた。
 
 鎖骨、乳首と唇で弄んでいく。体の下にある陸海の男性自身が、時折びくんと震えて、おへその辺りや胸に当たった。
 「んっ、ふ……」
 唇をふさいでいるから、鼻から息がこぼれる。それにも感じてしまうみたいで、やがて陸海がこらえられないように小さく悲鳴を上げた。
 「もう、だめ……」
 「えー」
 ちょっと冗談めかして顔をあげると、本当にかなり切なそうな陸海の顔があって驚いた。
 「……ダメ?」
 「……」
 少し歯を食いしばって横を向く。
 「このまま、いっちゃう?」
 「いやです」
 小さいけど、はっきりとした声。
 
 「もう、挿れさせて……」
 懇願するような声。
 「ヤダって言ったら?」
 「お願い、です……せめて、ほどいて下さい」
 「どうしよっかな」
 「……抱きしめ、たいんです」
 
 くらっとする。陸海の唇からこぼれたその言葉は、とても甘い。あまりにも直球なその言葉は、私の心をぐらつかせるのに十分だった。
 
 負けたな。
 心の中で、降参した。陸海の後ろに手をまわし、ほどく。そんなにきつくもしていなかったし、結び目が締まった様子もなかった。本当に抵抗してなかったんだなぁとかそんなことを思うと、それはそれで、少しほっとした。
 
 「はぁ」
 ほどいた瞬間、陸海が大きく息を吐いた。
 「意地悪、ですよね」
 
 少し恨みがましい口調で、陸海の手が私に回される。
 私は何も言わずに首をすくめた。ぎゅっと抱きしめられて、目の前には陸海の首。
 「大好きです」
 「え?」
 「……志織さんのこと、大好きです」
 陸海の顔は見えない。でも首が徐々に赤くなっていくのが分かった。
 「こんな私でも?」
 「こんなも何も……」
 そう言って、それきり黙って、もう一度ぎゅっと抱きしめられた。そうなんだ。ちょっとくすぐったくて、でもうれしくて。
 そんなことを思った瞬間、また、体の奥がきゅっと潤った気がした。
 
 「いい?」
 しがみつくみたいに抱きついて、一旦上げた腰を落とす。
 「っん……」
 陸海の右手が、リードするみたいに私の腰を支える。
 「ああぁっ」
 声を上げたのは陸海の方だった。その声が、私を安心させる。
 「ねぇ、いい?」
 「……」
 少し顎の上がった陸海がコクコクとうなずいた。
 「いい、です」
 ゆっくりと動いた。ずる、ずる、とこすれる感触がするたびに、私は陸海と一つになっていく。
 「あん、陸海、いい、……あぁん」
 はしたない声がこぼれて、でもそんなこと、かまっていられなかった。
 やがて、真っ白な波。チカリと脳髄を刺激して、そのまま堕ちていく。陸海の切なそうな吐息だけが耳元に聞こえていた。

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