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 5.
 そのマッサージ屋から、目的地の「糖朝」までは歩いて5分ほどの距離だった。最初、なかなかそれらしいのが見えなくて、近くに行くと、いきなり大きな看板がどかんと下げてあったのにはびっくりした。
 お店の外に数人待っている様子だったので、その辺りで同じようにちょっと待ってみたら、その人たちは店に入るのを待っている人ではなくて、お店から出てくる連れの人を待っていたみたいで、どこかへと行ってしまった。
 ということで、店内へと入る。
 広東語で多分いらっしゃいませといわれたのだと思うけれど、それは良く分からなくて、タケが「二人」と言いながら、二本指を出すと、そのまま席へと案内された。
 
 「日本語のメニューあるかな」
 「あるんじゃない?」
 確かガイドブックにはあるって書いてあったような気がしたけれど。
 何気なく周りを見渡した。少し向こうに女性二人と男性一人のグループが居て、日本語を話している。テーブルの上には日本語っぽいメニューがちゃんと載っていた。
 「ジャパニーズメニュー?」
 そういうと、すんなりと通じて、別のところから持ってきてくれた。
 
 「これってどうするんだろう」
 メニューはかなり厚めだし、オーダーを取りに来るのかな、と思いながらふと見ると、テーブルの上に紙と鉛筆。紙の方を広げてみたら、それもメニュー(簡単なもの)になっていて、それに書き込むみたいだった。
 「タケ、これに書くみたい」
 「え、でもよく分からないよ、これ」
 タケの不安そうな声。
 「あ、ほら、ここ……数字を見ながら書けばいいんじゃない?」
 「ホント?」
 「ほら、ここにも数字あるし、」
 テーブルの上に、ちょっと別の形のメニューになっているデザートの紙を見た。照らし合わせたら漢字も同じ。ってことは多分そういうことなんだと思う。
 
 で、ちょっと時間を掛けて、ゆっくりメニューを選んだ。日本のレストランと違って、決まってないうちはお店の人はまったく来ない。
 とりあえず、麺類。デザート。この二つはもともと頼もうと思っていたもの。それから、野菜の炒めたものと、北京風鳥のから揚げというのを頼んだ。
 麺類は海老入りワンタンメンを二人で一つ。デザートは一つはマンゴープリンでもう一つは……結局よくわからなくて、マンゴーとゼリーの盛り合わせみたいなことが書いてあるのにした。
 
 麺は、日本のラーメンの方が好きかな。でもって驚いたのが唐揚。唐揚というか、丸揚げをぶった切ったものが山のように積まれて……塩(何か混ぜてあった)と一緒に出てきて、一瞬タケも私も無言で見つめあってしまう。
 そんなことをしている間にも、野菜炒めも出てきて、タケがとりあえずから揚げに手を伸ばした。
 
 「あ、うまい、これ」
 骨が中にかなりあるみたいなんだけど、それは気にせず、食べろってことだよね。
 「ま、骨は出せばいいんじゃない?」
 とりあえず、塩を指でつまんでぱらぱらと掛けて、かぶりついてみる。皮が美味しい。お肉も美味しいけど、皮の部分が、本当にぱりぱり。ちょっと日本では見ない料理かも。あるのかなぁ。
 「ホントだ、美味しいね」
 皮の下にある脂も、日本では美味しいと思ったことはなかった気がするけど、ここでは素直においしいと思えた。
 「肉が違うのかなぁ」
 普段は食べ物についてあまりコメントを言わないタケも、そんなことを言っている。その位おいしかった。
 
 で、最後のデザート。
 「わー、かわいいっ」
 思わず声を上げたのはマンゴープリン。ハート型で、あちこちに果肉が入っているのが見える。
 でも……なんかババロアみたい?
 「マンゴー、やっぱうまいな」
 タケがそう言って、こっちを見た。
 「こっちも食べてみる?」
 二人で交換した。マンゴープリンも、それだけで食べたらかなり美味しいけど、果肉だけの方がおいしいかなぁ。
 
 「あ、このゼリー、ライチなんだ」
 「うん」
 「おいしいねぇ」
 期待しすぎたのが悪かったのかもしれないと、ちょっとだけ思った。
 

 食べて、お会計を済ませて、外へと出た。外はさすがにすっかり暗くなっていたけれど、ネオンの明るさはどこも同じ。そして多くの、人、人。
 「みんな、どこへ行くんだろうねぇ」
 「さぁねぇ」
 そんな言葉を交わしながら、ホテルへと帰る。行きかう人の顔は、夜はまだ、これからだと言っているみたいだった。
 
 ホテルの近くで、コンビニへと寄る。
 日本の食品メーカーの進出は著しいみたいで、インスタントラーメンや、スナック菓子は普通に私たちの知っているブランドが並んでいた。
 
 「こういうの、お土産に買って帰る人もいるんだろうなぁ」
 タケがそう言いながら、いくつかを手に取っている。日本のメーカーで、ブランドなのは間違いないけれど、見たことのないフレーバーのものなんかもあるし。
 「荷物に入るだけにしておいた方がいいよ」
 そう言ってタケが選ぶのを見ていた。
 
 ホテルへと帰り着くと、さっきマッサージをしてもらって、疲れが取れたと思ったのに、なんだか一気にくたびれた気がした。気が緩んだのかな。
 「お風呂、お湯張って、入っていい?」
 「いいよ」
 タケはどうでもいいみたいに答えた。タケも少し疲れたみたいで、ごろんとベッドに横になってる。
 それを横目に、私はバスにお湯を溜めはじめた。
 日本より、ちょっと時間がかかるみたい。ちょろちょろとしかお湯が出なくて、まだるっこしかったけれど、それでも20分も過ぎれば、なんとか入れるくらいにはお湯が溜まった。
 
 アメニティに入っていた、バスソルトを入れる。これを使ってみたかった、っていうのもあったりして。じゃらじゃらと入れて、かき回す。わずかに乳白色になった。
 メイクを落として、じゃぶんと浸かった。
 ふう、と息を吐くと、ローズの香りがふわっと広がる。足の指まで、伸ばして、縮めて、とストレッチをすると、あぁ、やっぱり疲れてたんだと、本日何度目かの実感。
 
 なんて思いつつ、まったりとお湯を楽しんでいたら。
 「入るぞ」
 突然タケが入ってきた。
 
 「え? ちょっと、待ってよ、今? 何? っていうか、無理だし!」
 普通のユニットバス。二人で入るとか、意味わかんないっ!
 「待ってらんねーよ」
 そりゃ鍵掛けてなかったけど。だってちょっと立て付けが悪いみたいで、閉めると開かなくなりそうだったんだもん。
 すでに服は部屋で脱いでて、タオル一本。
 「ぎゃー、ヘンタイ」
 「うるせー。ヘンタイとか言うな」
 じゃぼん、と入ったタケ。お湯はもともと少なめだったから、それであふれたりはしなかったのが、せめてもの幸い。
 
 「ちょっと、なんで?」
 「みのり、風呂長すぎ」
 「そんなこと、ないもん」
 「いーや、大体普段から長い」
 人並みだと、思うけどなー。っていうか、タケがこういう口調になったら、もう、まず止まらない。
 
 「っあ、もう、やだってばー」
 お湯の中とはいえ、軽々とタケの膝の上に乗せられて、タケの手はすでにやる気まんまんで、体をなめ回すようにまさぐっている。
 「いやか?」
 耳元で、わざと息を吹きかけるようにタケが尋ねた。イヤだって言ったって、やめる気もないくせにっ。
 タケの湿った吐息と、体を伝わるお湯が、私の力を奪うみたい。
 「イヤって言うか……」
 「なんだ?」
 「何、する気……?」
 後半の声は、自分でもびっくりするくらい、か細くて、ささやく様な声になってしまった。
 そんな私を、タケが嗤う。
 「なんだ、もう、その気じゃん」
 ……。
 
 タケの口調に怨めしく見上げたら、なんともうれしそうな笑顔があった。唇をふさがれる。抵抗する間もなく、タケの舌が唇を割る。
 「んぐっ」
 左手が、私の胸の先を捉える。強めの刺激に声がこぼれるけれど、それはタケの舌にかき消された。
 
 「ふ、あ、あぁ」
 唇が離れたかと思ったら、首筋をたどられる。指先が、焦らすように、肩から背中をたどった。
 「やっべー」
 小さく、タケが呟いた。でも、それに反応している余裕はなくて。
 「んんっ」
 タケの指が、足の間を割って入ってきた。お湯の中なのに、あきらかに異質な感触が、タケの指にまとわり付いて、私の敏感な部分に触れた。
 「すげっ」
 「あん、やだ……」
 タケの少し揶揄するような口調に、羞恥を覚えた。でも、その瞬間、タケのものが押し当てられて、私の中に入ってきた。
 「やっ、ここで?」
 「ごめんっ」
 
 何度か、突き上げられる。その度に、息が止まりそうな快感。お湯がざばざばと揺れて、自分が何をしてるのかも分からなくなった。
 タケの手が、私を持ち上げる。ざばっとお湯から体を出して、私は浴槽のヘリに手を置かれた。お湯から出ると、体のぶつかる音が急によく響くようになった。
 「っ」
 タケが、短く鋭い息を吐いた。
 その瞬間、体から抜き去られて、太ももにタケのものがしたたるのが分かった。
 
 「……ごめん、我慢できなかった」
 「っ、はぁ」
 息を整える。タケが、私が振り向かないように、後ろからぎゅっと抱きすくめる。
 「もうっ、信じらんないっ!」
 腕を振りほどいて、振り返った。睨みつけたら、ちょっとだけばつの悪そうな顔で、タケが首をすくめた。
 
 「ごめんって。さ、のぼせるから、上がろうか」
 上がろうかじゃないわよっ、と言い返そうかと思ったけれど、タケはそれを予測していたみたいに、いきなりシャワーのコックをひねった。
 「きゃっ、もう〜〜〜」
 ふりそそぐ、ぬるめのシャワー。へなへなと、腰が抜けそうになった。
 「おっと」
 「誰のせいよ」
 タケが一瞬手を出して支えてくれたけど。
 「ハイハイ」
 撫でるみたいに、全身にお湯をかけられて、タケ自身も、体を流して。私はされるがままに、タケの体を眺めていた。
 

 「ねぇ、なんでそんなにサカってるわけ?」
 部屋に戻って、再びひん剥かれて、タケの腕の下。
 「え?」
 タケが一瞬そう言った後、意味が分かったみたいに目をそらした。
 「別に、いいんだけど、なんで?」
 「あー、いや、その」
 言いたくなさそうな雰囲気が、なんとなく、ひっかかる。思わずじっと見つめたら、ちょっと観念したみたいに、タケが口を開いた。
 「だって、みのり、他のオトコ、誉めた」
 は?
 
 たっぷり二呼吸。
 「何、言ってんの?」
 私の口調に、ややさげすみの声を聞いたのか、タケが口を尖らせる。
 「俺だって、めったに誉めてもらえないのに……」
 なんのことだか分からなくて、呆然。
 「ネイザンロードの……」
 「え?」
 アレ、ですか。あれって誉めたっていうか、素直な感想……なんだけど。
 
 「それに、チャイナドレス似合ってたし」
 「……」
 思わずタケの顔を見た。他のオトコ云々と言ったときよりも、顔が少し赤くなっている。
 ソッチの方が、先か。
 「すごく似合ってたから、俺、もう買ってあげてもいいやとか思ってたのに、ぜんぜんいいみたいで、あっという間に脱いじゃうし」
 「イヤよ」
 「なんでだよー」
 本当は、自分でもちょっと気に入っていたとは、言ってやらない。
 
 「あんなの買って、どこで着るっていうのよ」
 「二人のときに着ればいいじゃないか」
 「着て、どうするのよ」
 「……俺が喜ぶ」
 ばき。
 「いたい、いたい……!」
 絡めていた腕をねじりあげる。もちろん、私の力なんて、たかが知れたものだけど。
 「いーじゃんかよー」
 
 子供みたいな口調で、タケがまだ言い募っているけれど、それは無視。
 「もう、知らない」
 手を外して、体を離すと、さすがにちょっとしゅんとして、
 「そんなに怒るなよ」
 とすりすりと寄って来る。
 
 もう、子供だなぁ。そんなことを思って、手を伸ばしたら、ようやくほっとしたみたいにえへへ、と笑った。
 

 翌朝は、もう朝食を食べて荷造りをしたら、そんなに時間もなく、出発になる。ピックアップは10時半。ちょっと微妙な時間。朝食は昨日と同じく、ホテルのレストランのビュッフェでとった。
 
 ちょっとだけ、外を歩くことにした。荷物はとりあえず、部屋の入り口近くにまとめて置いておく。ほんの二日間だったけど、お世話になったコンビニ。一番近くにあるワトソンズ。
 朝の香港の街は、美味しそうな匂いが、角々で湯気と共に立ち上っている。
 
 「こういう店も、言葉が通じたら行ってみたかったね」
 そんな言葉が、ふとこぼれてきた。タケも少しだけ同じ感覚だったみたいで、珍しく「そうだね」と、それだけ。言葉少なだった。
 
 十時半に、やっぱり定刻通りにガイドさんが現れた。来たばっかりの頃は、一分一秒がすごく待ち遠しくて、そして不安だったことが、すでにすっかり過去の気分になっていることに驚いた。
 この三日間で、自分でも思っても居ないくらい、色んな経験をしたんだな、と思う。
 
 車はすでに私たちの他に一組乗っていて、まっすぐに空港へと向かった。
 ちょっと回って欲しいな、と思うときに限って、そうは行かないんだな、これが。
 
 香港の町並みは、夜のきらびやかさとはまたうって変わった生活感にあふれている。それもこの町の面白いところなのかも知れないと思う。
 「やっぱ、何度見てもすごいよなー」
 タケの見上げる先には、竹のやぐら。
 「そうだねぇ」
 ちょうど信号待ちをしたので、ガラス越しにぱちりと一枚写真を撮った。
 
 香港の空港へと向かう道は、広くて結構新しい。途中に最近出来たテーマパークもある。そっちにもちょっとだけ行ってみたかったかな、と思い気づいた。
 「しまった、行きたいところ、あったのに」
 「え?」
 「プロムナード。景色がいいんだって」
 「どこだよ、それ」
 タケが少し呆れたように呟く。仕方ないじゃない、私だって忘れてたんだし。
 
 「また、来ればいいだろ」
 「……そっか」
 タケの言葉に、納得して、少しうれしくなった。
 「うん、また来ればいいんだよね」
 いつになるかは、分からないけど。空港が見えてきた。到着したときには、空港の大きさとかもよく分からないくらい、目の前のことでいっぱいだったけど、今改めて、この空港の大きさに少し驚く。
 次は、もう少し、自分の足で色んなところに行って見たいな、とそんなことを思った。
 
 ――――― Fin.

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