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 4.
 食事が済んだら「ショッピング」ということで、なんだか観光っていうのもあっけなかったかな、と思う。香港ってもう少しあれこれある気がしたんだけど。
 ショッピング、ショッピングって朝からガイドさんが言っていたから、なんだろう、と思ってはいたんだけど、連れて行かれたのは工場の直売所みたいな宝石店だった。
 宝石って、香港は安いのかな?
 そういえば街中にも少なからずお店があったかなぁ。ネイザンロード沿いには、きらきらしてる店がある、と思ったら宝飾店だったような気がする。
 
 「何か欲しいものある?」
 「え? 買ってくれる?」
 「買わねーよ」
 タケがそう言う。でも一応見たいものがあるんだったら、付き合ってくれる気みたいだった。
 「うーん、でもねぇ」
 買う気で来てないしね。
 
 「イラッシャイマセ。コレイマ、ニンキネ」
 店員さんは、結構日本語が達者で、ちょっと足を止めるだけで「それきた!」とばかりに話しかけてくる。
 「あ、いいです」
 とか、後ずさりながら、その場を離れる、というのを数度繰り返したら、ちょっと疲れてしまった。
 
 「なんか、ゆっくり見れなくてヤダ」
 思わず愚痴ってしまう。
 「だなぁ。どうなんだろ。こっちって、こういうスタイルなのかなぁ?」
 客の立場からしたら、あまり買う気にならないと思うんだけど、人によりけりなのかな。
 年配のお客さんだったら、ついつい話に乗って、買ってしまうとか。
 
 「あっちに工房もあるみたいだよ」
 タケが指差した。見ると確かにガラス張りの工房みたいなものが見えた。その前にはソファというか、ベンチというか、そういうものもある。
 「行ってみよっか」
 そう言って、そこへと向かった。
 
 工房と言っても、なんだかパフォーマンス的にやっているだけ、みたいな感じだったけれど、それでも手先が器用に金属を磨いたりするのを見るのは楽しかった。
 そんなことをしている間に、時間が来る。
 集合した他の人の手元を見たけど、あまり買物をしている人はいない感じだった。
 

 そこからまた「ショッピング」と言われて、今度はシルクの「工場直売所」というところへ。
 入ったところの雰囲気がそっくりで、出てきた人の説明みたいなこともそっくりで、中に入る前に、すこしだけうんざりした。
 「まぁまぁ」
 タケがなだめるように言う。
 
 で、説明を一通り聞いた後、店内へ。
 あ、でも。さっきの所よりはいいかも。
 
 広い店内。高い天井。そしてさっきの宝石店よりはるかに多いお客さんの数。確かに店員さんもいるんだけど、お客さんの方が圧倒的に多くて、さっきみたいに執拗に話しかけてくるってことはなさそう。
 
 「結構安いねぇ」
 パジャマとか、もちろんシルクだから、そんなに気軽に買えるほどの値段でもないけれど、日本で買うことを思えば、かなり安い。
 「シルクのパジャマとかって、ちょっと憧れじゃない?」
 「そうかー?」
 下着とかの所は、さすがにいたたまれないみたいで、なんとなく、売り場に入ってこようとはしない。
 「あ、ネクタイがある」
 そう言って、壁際の方へと行ってしまった。
 
 まぁ、ネクタイはタケ自体好きみたいだし、扱っている商品でもあるし。
 で、ちょっとだけ別々に、売り場を見て。結局私はパジャマと一枚と、下着を3枚手に取った。で、タケの方へと行こうとして、思い直して一旦戻る。おそろいの、男物。3Lで良かったよね……?
 
 「買うもの、決めた?」
 タケのとこまで行くと、タケはネクタイを5、6本並べて、悩んでいるところだった。
 私の手の中を覗き込む。
 「タケ、パジャマ3Lでいいよね?」
 「え? 俺?」
 「いいよね?」
 「俺、いいよ」
 「私がおそろいで欲しいんだから、いいんだってば。それより、サイズ」
 「うん、いいけど」
 まだ何か言いたそうにしていたので、軽くにらむ。ちょっと首をすくめて、ネクタイの方へと向き直った。
 
 私たちのツアーのガイドさんが、近寄ってきて、
 「悩んでるんですか? 値段交渉だったら、しましょうか?」
 そう言ってくれた。
 「あ、いや……」
 タケが微妙な答え方。
 「ちょっと待ってくださいね」
 別のところで、手の開いていた店員さんを呼んできて、広東語で何かしゃべっていた。
 
 「3本で、一本おまけしてくれるそうですよ」
 「え? ホントですか?」
 ……えー、そんなに、買うの? 私の心の声が聞こえたのか、タケはこっちを見ようとはしない。
 ま、いっか。自分で買うって言ってるんだし。
 タケがすっかり選ぶ気になったのを見て、ガイドさんは今度は私のほうへ。
 
 「奥さんは、スカーフはいかがですか?」
 「え?」
 いや、奥さんじゃないんだけど。……ま、説明するのもなんだし、いっか。
 「ここは、イタリアブランドとかと同じ工場で作ったものが入ってますから、物はいいですよ」
 誰でも知っているブランドを、2、3挙げた。
 本当かなぁ。タケの方をちらりと見た。でもタケは、自分のネクタイを選ぶのに精一杯みたいで気づいてくれない。
 「その分センスとかもいいですしね」
 確かにそのガイドさんが指した一角のスカーフは、他の「おみやげもの」的なスカーフとは色使いから手触りから、確かに違う。
 うーん。予算オーバーなんだけど。
 「ちょっと考えて見ます」
 そう言うと、彼は
 「ここのは、皆さん良かったって言われますよ」
 そう言って、その場を離れていった。
 
 タケのところに行く。ほぼ決まったみたいで、4本を手に持っていた。
 「どうした?」
 「あのスカーフ、勧められたんだけど、どうかな、と思って」
 ガイドさんが言っていた言葉をそのまま言う。
 「えー? ホントかなぁ」
 タケも反応は同じで笑ってしまう。
 でも手にとって見てくれた。
 「あ、確かに物は悪くないね」
 「うん、そうなんだよね」
 「何、欲しいの?」
 
 「悩んでる」
 「じゃ、一枚だったら、俺買うよ」
 「え? いいの?」
 「パジャマのお礼」
 ……それってそれぞれが自分で買うのと変わらないんじゃないかと思ったけど、まぁ気持ちの問題か。
 「じゃ、タケ、選んでよ」
 そういうと、ちょっとだけ嫌な顔をした。でも、結局オーソドックスな一枚。グレーっぽい色がベースに、きれいなピンクが差し色で入っている。ふうん、タケから見るとこんな感じなのか。
 
 で、お会計を済ませた。時間はまだ、集合まで30分ほどある。
 「あ、チャイナドレス」
 タケが呟くように言った。
 「え? あ、ホントだ」
 「着て見られませんか?」
 私たちの会話が分かったのか、一人若い女性の店員さんが寄ってくる。
 「え、いいですよー」
 そうは言ったものの、まだ時間が余ってるのも事実で。
 
 「着てみない?」
 「えー……」
 興味がないわけではないけれど。
 
 「着てみるだけ、でもいいですか?」
 思わず店員さんにそう言ってしまう。
 「えぇ、いいですよ」
 タケに荷物を全部持ってもらって試着室へと入った。店員さんの見繕ってきてくれたドレスを着て、全身を眺めた。
 うわ。っていうか、ちょっと病み付きになるかもしれない。
 
 ちょっとだけ、その気になってる自分に気づいて、ヤバイ、と引き締める。
 「どう?」
 試着室から出ると、タケがすごく驚いていた。本当はバストがちょっとあまってるんだけど、ま、いいか。
 「すげー、似合うじゃん」
 タケの顔が思いっきり緩んでいるのが分かって、思わず苦笑した。分かりやすいなぁ、もう。
 でも、さすがに買うわけには行かないので、すみません、と断って、チャイナドレスを脱いだ。
 ちょっとだけ残念そうな顔をされたけど、最初から「着るだけ」って言ってたから、そんなにあれこれ言われることはなかった。他の物も買ってるしね。
 
 そこでタイムリミット。次は最後、デューティーフリーショップ(DFS)へと。
 DFSはあらかじめ会員カード(?)と一緒に店内案内図も貰っていたのだけれど、それで想像していたよりも、はるかに広かった。
 「よっしゃ」
 タケがわけの分からない気合を入れた。
 
 私は特に買うものがあったわけじゃないんだけど、なんとなく名刺入れが欲しいかな、と思ってたから、結局グッチで一応気に入ったのを見つけて購入。
 タケにもお伺いを立てて、からね。
 さすがに彼の売り場で売ってたりしたら、イヤだろうな、と思ったから。
 
 「あー、そういうの、好きなんだ」
 とか言われたけど。
 そんなに変な趣味ではないと思うけどな。
 けっきょくブランドショップを回って、最後に食品を沢山置いてあるところで、お土産を買って、中国茶を買って。
 で、ホテルまで送ってもらって観光ツアーは終わった。
 

 一旦ホテルに戻って荷物を置いたら、再度身軽になって、今度は市内をぶらぶらする。
 気がついたら、もうあと半日で、終わり。明日は朝ピックアップだから。
 
 時間はもう、4時前になろうとしていた。予約していたマッサージが5時からなので、それまでに近くまで向かいつつ、街中を歩く。とりあえず、ペニンシュラのアーケードは行かないと。
 
 「うわ、なんだあれ」
 ネイザンロードを海に向かっていると、途中タケが、びっくりしたような声を上げた。
 女の子の行列。見たら、カジュアルブランドのショップみたいだった。
 
 「何並んでるんだろうね」
 私からはあまりよく見えないので、タケに聞いてみた。
 「うーん、特に何をやってるってわけでもないみたいだけど……バーゲンかなぁ」
 「なんだろうねぇ」
 そんな会話をしつつ、通り過ぎる。店の中もすごくごった返しているんだけど、端の方にはレジがずらりと並んで、店員さんがお客さんを捌いていた。
 
 「うわっ」
 「何?」
 「ここ、なんか……なんでこんな男の子ばっかりなの?」
 「え?」
 女性用のショップなんだけど、レジの辺りにいる制服を着ている人は、みんな男の人だった。それも、どっちかといえば、かなり「イケてる」感じの子。
 「かっこいい男の子が多いねぇ」
 「……」
 
 だからこんなに盛り上がっているってわけじゃ、ないんだとは思うけど。それももしかして要因の一つかもしれないと思わせる空気がそこにはあった。
 「何、変な顔して」
 「別に」
 タケが微妙な顔をしている。でも別にと言うんだから、なんでもないんだろう。そのままそのショップを通り過ぎた。
 
 ペニンシュラに到着。とりあえず、大分暑くもあり、中へと入る。
 「っわ」
 高い天井。こんな風な石造りの建物は、日本ではあまり見ることもない。その空気にいきなり圧倒された。
 でも、その瞬間、すぐ横を、白人の「Tシャツ短パン」のおじさんが通り過ぎて行った。なんとなくほっとする。
 
 とりあえず、コーチ、エルメス、プラダ、と回った。日本人だと分かっているからなのか、あるいは若いしお金もなさそうだからと相手にされていなかったからなのか、ほとんど話しかけられたりはしなかった分、結構ゆっくり見ることが出来た。
 タケの目は、ちょっとだけ仕事モードに入っている。時々足を止めて、じっと見ているのはどういうものなんだろう。
 なんとなく、会話をするのも気が引けてしまって、黙ってタケの後を歩いた。
 
 まもなく五時になる頃、タケの服のすそを少し引っ張った。
 「あぁ、」
 とタケが小さく答えて、私たちはペニンシュラを後にした。なんとなく、まだ上の空ってことは、仕事のことを考えているんだろうなと思う。
 仕方ないかな。
 
 そこから少し中の方へと戻る。マッサージのお店は5分もかからなかった。ふるぼけた雑居ビル。一瞬躊躇するけれど、手元のバウチャーの名前を確認してから、階段を昇った。
 一見普通のオフィスに見える扉を開けると、そこには何人かの人の姿が。
 「あのー」
 どうにも日本人らしい姿は見えないので、恐る恐るバウチャーを差し出した。
 
 「ハイ、オフタリ、アシツボネ」
 片言の日本語。
 「トリアエズ、ニモツ、ココ、ソコニスワッテ」
 指示されるままに、荷物を置いて、ソファに腰を下ろした。思わずタケと顔を見合わせてしまう。
 少し若い女性が、水の入ったバケツのような、たらいのようなものを持ってきて、そこへと足を入れる。水かと思ったら、気持ちのよい温度のお湯で、歩き回った足に、じんわりと血が通ってくる気がした。
 
 担当してくれたのは、私の方がちょっと年齢不詳気味な女性、タケの方が中年の男性だった。
 最初に左足から。手にクリームのようなものを塗ってから、時々それを補充するような感じで塗りこみながら、足を順番に揉まれる。
 「うっ」
 最初に声をあげたのは、タケの方だった。
 「ダイジョウブ」
 男の人がそう言う。タケと目が合った。「ダイジョウブじゃねーよっ!」と、タケが訴えているような気がした。
 「メ、ワルイネ」
 目かぁ。タケ、視力悪いもんね、とそんな風に人の心配をしていたのも、途中まで。私は足の指はぜんぜん平気だったけれど(タケはのた打ち回らんばかりに、苦悶していた)、足の裏に移って、真ん中をぐいっと押された途端、想像もしていなかった激痛が。
 
 ちょっと、何で押さえたの!? 指!? 指だよねっ? 何か持ってる?
 思わず覗き込むように、女の人の手元を見た。案の定、何も持っていないけれど。
 「イ」
 い? ……イ……胃か。なんとなく、納得。普段から、そんなに強いほうじゃないから。この旅行に来てからというものの、心持ち、食べ過ぎ傾向だし。
 「イタイ?」
 「ハイー」
 とは言ったものの、彼女は手の力を緩めてくれる気配はなかった。
 私の痛がりようを見て、タケがいかにもそれみたことか、と笑うので、なるべく表情に出さないようにはしたいんだけど。
 その後も、容赦ないマッサージは続いた。
 
 一時間のコースで、結構存分に、というか十分堪能して、足つぼマッサージが終わった。終わってみればなんとなく、あっけなかった気がするから、ちょっとだけ不思議。
 最初にお湯を汲んできてくれたお姉さんが、漢方っぽいようなお茶を入れてきてくれて、それを飲む。
 で、くつ下をはいて、靴を……その時。一瞬、靴を間違えたかと思うくらい、ゆるゆるになった足。実感としてはそこまでなかったんだけれど、靴をはいたら、一目瞭然だった。
 「ちょっと、すごいよ、これ」
 タケも同じ感じだったみたいで、小さく、わー、と呟いた。
 
 足がすっきりしたら、体中が軽くなった気がする。なんとなく、背中とか肩とかがだるかったのも、楽になった気がするし。これって効いてるってことなのかな、それとも気の持ちようってやつなのかな。
 「さ、あとはメシだな」
 タケもそれは一緒だったみたいで、急に元気良くなって、私たちはマッサージ屋を後にした。

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