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 3.
 翌朝、モーニングコールをセットしていたけれど、結局それよりも早く目が覚めてしまった。タケはまだ、ぐっすりと寝てる。
 とりあえず、時間はもう少しあるので、先にバスルームを使うことにした。
 
 まずは、顔を洗って、お手洗いを済ませ……出ようとしたとき、モーニングコールの電話の音。
 慌てて飛び出したけど、タケがもう、取っていた。
 
 「おはよう」
 「おはよー」
 普段だって普通に朝、挨拶してるのに、旅先でここがホテルだと、なんとなく照れてしまうのはどうしてなんだろう?
 「みのり、早いねぇ」
 あくびをしながら、タケが言った。
 「うん、なんかやっぱり、ちょっと眠りが浅かったみたい」
 「ごめん、俺、先に寝ちゃって」
 「ううん、いいよ」
 そう答えながら、もしかしたら、それもあったかもしれないと、そんなことを思った。
 普段は結構いちゃいちゃしてから、寝るから。
 
 「今日は寝かさないからな」
 唐突にタケが言った。さっきの会話では、そんな風にはならないと思うけど、顔に出ちゃったかな。
 「ばか、朝っぱらから何言ってるのよ」
 ぺしっと叩く。
 あはは、とタケが笑った。
 

 朝食は、ホテルのレストラン。これもツアー料金に含まれていた。いわゆるバイキング形式で(ビュッフェと言うらしい)、あれこれと並んでいる。
 基本はお粥を中心とした中華っぽいメニューと、洋式のコンチネンタルのメニューと。
 パンとかすごく美味しそうで、惹かれるんだけど、やっぱりここはお粥でしょう、と言うことでお粥を取る。お粥と言っても、日本のとは違っていて、それだけで食べても、薄味がついているので、十分美味しい。
 それに加えて……朝から、本当に? っていうくらいの、色々なおかず。焼き豚みたいなものや揚げたような感じのものまで。
 揚げパンを切ったのも置いてあって、とりあえず取って帰ったんだけど周りを見ると、それもお粥に入れるみたいで、びっくりした。
 
 結局お粥なのに、お腹いっぱいに食べて、レストランを後にする。
 集合時間は9時半。部屋に戻ったら、ちょうどあと30分だった。一旦こまごまとしたものは片付けて、セーフティボックスに貴重品をしまってから、階下へと降りた。
 
 やっぱり時間にはきっちり、ほぼ狂いなくガイドさんが来る。昨日空港まで来てもらったのと同じ人だった。聞いたら明日の空港までの送迎も、同じなんだって。
 で、昨日の夜と同じように、バスはあちこちをぐるぐると回りながら、合計三ヶ所のホテルへと停まった。
 全員が乗り込んだら、車内はほぼ満席で(と言っても12、3人?)まずは海底トンネルを通って、香港島へと向かう。
 「昨日見た海の下だよね」
 「だよね」
 
 どこを通っているのかさっぱり分からないけれど、トンネルはずんずんと進んで行き、あっという間にまた地上に出た。
 「え?終わり?」
 という声が、他の人からも聞こえたから、やっぱりみんな想像していたより短かったんだと思う。地上に出ると、チムシャーツァイよりビルと緑の少しだけ多い町が広がっていた。
 「こっち側は、また雰囲気が違うね」
 などと話しているうちに、ビルの間をくぐり抜け、バスが止まった。降りるとむわっとした空気が包む。まだ、朝そんなに遅くはないけれど、十分に暑い。
 
 「ここから、ピークトラムに乗って、ビクトリアピークまで行きます。付いて来て下さい」
 ガイドさんの声。てんでばらばらに、とりあえずぞろぞろと歩いた。まるでアトラクションの入り口みたいな乗り場。入り口に写真があって、トラム自体もクラシカルなデザインで、すべてがアトラクションみたいだった。
 来る途中の車の中で、ガイドさんが
 「トラムは香港に残っている三つの古い乗り物のうちの一番利用料が高い乗り物です」と言うようなことを言っていたけれど、さすが高いだけのことはある、と思った。
 
 中は板張りで、きもちいい。右側が景色のいい方だと聞いたので、右の、大きく窓が開いている方へと陣取った。
 最初は人がそんなに多くなかったけれど、発車する頃にはほぼ満席。で、その時前に居た三人組に気付く。日本人じゃなかったけれど、男性二人と女性一人。
 
 女性が真ん中に座っているのだけれど、左側の男性に寄り添うようにぴったりとくっついていて、あぁ、恋人同士かな、と思ったその時、気付いた。
 一つのヘッドフォンを、右の男性と真ん中の女性と、二人で聞いている。
 最初ぱっと見た時は、右側の男性は関係ない人なのかと思ったんだけど。そのくらい二人の距離は開いてるし。
 でも、……女性の体はどっちかって言うと左よりなんだよね……
 
 「前の三人って、どういう関係かな」
 「え?」
 私がそういうと、タケも少し二人を眺めていて、首をかしげた。
 日本人だったら、会話の感じとかで分かるのかも知れないけれど、それもまったく分からないし。
 
 「香港甜品の三人みたいだよね」
 「は?」
 一瞬きょとんとしたタケが笑った。
 「何、想像してるの」
 「だって……」
 「どっちがどっちかな」
 「……」
 タケはちょっと呆れてるみたいだったけど。
 「だって面白いじゃん」
 
 そんなことを言っている間にもタケの隣には白人のおじさんが座ってきて、席を奥へ詰めて、トラムが発車した。
 
 「え? これ昇るの?」
 実際に動き出すと、かなり急で、あせってしまう。
 普通に座ってると、のけぞる感じになって、なんだか不思議な感覚だった。
 ちょっと昇ったところで視界が開けてきた。
 「うわー」
 斜め後方を見ると、足元に香港島の町並み。海を挟んで九龍の町。あわててデジカメを取り出して、シャッターを切った。
 「大丈夫かな」
 「わかんない」
 そういいつつも、シャッターを切る。途中何枚か見たけれど、近くに物が写ってるのはどれも手振れしてしまってた。
 
 途中では駅みたいなところが何ヶ所かあった。
 えー、こんなところにある駅なんて、何するんだろう、と思いつつ見ていたら、二つ目の駅で乗ってきた人がいたのにはびっくりした。よく見ると、たしかに木立の合間に家が少し見える。結構な急勾配なので、こんな所に住むのは大変じゃないかな、と余計な心配をしてしまう。
 
 20分もしないくらいで、頂上へ。ずらずらと降りる。ファッションビルというか、そういう感じの建物の中がトラムの駅になっていて、みんなと同じように流されるように外へと出た。
 
 「あ、さっきの三人だ」
 タケがつぶやいた。確かに人ごみの中、数人前に、すぐ前の座席に座っていた三人組の姿が。
 「あれー?」
 タケが小さく言った。
 「ん?」
 私もちょっとだけ首をかしげたけど、笑ってしまった。女の子の腕は、さっき右側にいた男の人の腕に、しっかりと絡まっていたから。
 「結局どうなんだろうねぇ」
 「さぁ?」
 思わず顔を見合わせたら、お互い「何、気にしてるんだ」という表情をしていたみたいで、一緒に声を立てて笑った。
 

 外へと出たところで、ガイドさんが手を振っていたので、そこへ集合する。
 下は結構暑かったけれど、頂上は少し風もあったし、気温も低いような気がした。
 「こっちへどうぞー」
 案内されて、展望台のようなところへと。古い石造りの階段を降りる。そこにはさっきから見えていたビクトリア湾が広がっていた。
 
 乗り物の中からはどうしても木がじゃまだったり窓枠があったりするけれど、そこはもう、なんの邪魔もない。広々とした景色を、みんな写真に撮ったりしていた。
 タケが気持ちよさそうに伸びをした。さっきのトラムはタケにはちょっとだけ、狭かったかもしれない。
 「写真撮りますよ〜」
 ガイドさんが言った。
 「どうぞ、ここで」
 ビクトリア湾を背景に、ぱちり。二人並んで撮ってもらった。
 考えてみれば、二人で観光してるときには、どっちかが撮ることはあっても、二人一緒っていうのは誰かに頼まなきゃいけないもんね。
 こういう時にも、ガイドさんっていうのはいいな、と思う。
 そこで15分ほど自由時間があって、今度はバスで山を下りた。自由時間と言ってもまだ朝も早いので、お店なんかはまったく開いていない。結局お手洗いに行ったら終わってしまった。
 
 トラムで上ったときには気づかなかったんだけど、実は香港島というのは、急斜面にもかかわらず、とんでもない高さのところに高層マンションが建っている。日本の感覚では、まずありえないような高いところに、さらにとてつもなく高い建物。
 「こういうのって怖くないのかな……」
 思わず呟くと、
 「怖いと思ったら住めないだろ」
 とタケに言われた。そりゃそうなんだけど。
 
 「香港には地震がありません」
 ガイドさんが言った。地震がなくてもさー。いや、ないんだったら大丈夫なのかな。でも……。
 「香港の人は、基本的に高いところが怖くないんじゃないか?」
 タケがそんなことを言う。
 「市内にも竹のやぐらとか、組んであったし」
 あぁ、あれ。うん、あれも十分怖い。
 「そうなのかなぁ?」
 「さぁ? まぁ、みのりに上がれとは言わないから」
 「言われても困るしっ」
 
 そんなことを言っている間に、バスは次の目的地、レパルスベイへと到着。時間はほとんどかからない。物珍しい香港島の景色を見ていたら、着いていたという感じだった。
 
 レパルスベイは真っ白な砂浜。思わず泳ぎたくなるような海。そこを歩く。靴の中に砂が入ってきて、脱ぎたくなった。
 5分ほど砂浜を歩くと、唐突にかなり派手な建物が目に飛び込んでくる。その向こうには大きな、これもまた、派手な彩色の……観音様、かな?
 竜や魚、羊みたいなものも見える。
 「ここがお寺になります。ここで少し時間を取ります。あの橋は渡ると長寿になると言われている橋で……」
 ガイドさんが大声で説明してくれているけれど、私は海からの気持ちいい風と、真っ青な海と空に心を奪われていた。
 
 「じゃぁ、20分後に、そこの木の下に集合で」
 そう言うと一斉にツアーの人たちがばらばらと海の方へと歩き出した。
 私もタケに手を引っ張られて、はっと我に返った。
 「行くの?」
 「行かないのか?」
 「行く」
 意味のない会話をして、歩き出す。一歩太陽の下に出ると、がつんと暑くなった。額に汗がにじむ。そんな中、さっき説明のあった橋を渡った。
 
 「みのり、小銭持ってる?」
 タケが言う。
 「? あるけど」
 20セント硬貨。
 「やってみる」
 ふと見ると、周りの人も上を見上げて竜の口に小銭を投げていた。
 「なに?」
 「聞いてなかった? 金が溜まるんだって」
 「へぇ」
 ……まったく聞いていませんでした。タケがおかしそうに笑ってから、竜に向き直ってコインを投げた。
 
 「あっ」
 みんなから一斉に声が上がった。得意そうなタケの顔。でもその一瞬後、竜の口からはだらしなく、するっとコインが落ちてきた。
 「なんでだよっ!」
 「入ったよね? 今」
 「入っただろっ」
 どうも、中に傾斜があるみたいで、普通に入っただけでは落ちてくるみたい。
 「ちくしょうっ」
 
 タケがそう言った。数人、他の人がやるのを見ていたけれど、入った人はまだいないみたい。あさっての方向へ飛んでいく人も少なくないし、入ってもタケみたいに落ちてきたり。
 それでも、タケは3回目で入れた。
 「すごいですね」
 同じツアーの、私たちよりちょっと年かさっぽい男の人に言われた。
 確かにちょっと見直したかも。一番最後にそこに到着したけど、他の人より一番先に入ったし。
 「へっへー」
 タケがガッツポーズを決めながら、こっちへ歩いてくる。その顔がいかにも得意気で、子供みたいで笑ってしまった。
 
 「すごいねぇ」
 「どうだ、見たか」
 「見た、見た」
 ぱちぱちと手を叩くと、タケが満足そうにふんぞり返った。
 

 レパルスベイの後、バスに乗り込んだら、もう次は昼食だという。え? と思ったけれど、ここで香港島は終わりで、九龍半島側へと戻るらしい。一時間弱で、あっちまで戻れば、もう12時前。そんなものかと思う。
 バスの中ではガイドさんがお土産の斡旋なんかをしていたけれど、ここに来て疲れが出たのか、タケの腕にもたれたら、あっという間に眠りに落ちてしまった。
 
 「みのり、着いたよ」
 つんつん、と洋服を引っ張られて、目が覚めた。
 辺りはまったく知らない感じの場所。ビルの脇のようなところ。とりあえず言われるままにみんなに続いて降りた。
 外に出たら、降りたところの隣がホテルになっていることに気づく。
 そこのレストランで昼食、ということだった。
 ツアーで使われるのはそこが多いみたいで、ガイドさんは店の人と何か話した後、入り口近くにいた、別のツアーのガイドの人とも何か話している。
 それをなんとなく眺めていたら、従業員の人に、案内されて、私たちはそれぞれ席に着いた。
 
 飲茶の昼食、ということでちょっとだけ期待していたのだけど、食べ放題とかではなかったので、中身は想像よりも質素でシンプルだった。味は良かったけど。
 最後に近いほうに出てきたチャーハンと二種類から選べたデザートがわりと良かったかな。後は日本でもよく見るような感じの蒸餃子やシューマイ、揚げ団子。
 デザートは、タケと二人で別々のものを頼んで(杏仁豆腐とタピオカココナッツ)少しずつ分けて食べた。
 
 お茶はジャスミンティーが出てきて、それは珍しかったけど、あれこれつまんでたら気づいたらもう終わり。なんだか普通の食事と変わらない感じだったのが、少し残念だった。

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