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 2.
 車に乗って、一時間弱。バスは最初のホテルに着いた。道中のガイドさんの説明によると、私たちのホテルは三つ目に止まるらしい。車が走っている間にも「水道水は飲むな」とか、ホテルのチップの払い方とか、そんな注意事項みたいなものが言われる。
 で、その後、両替。旅行会社がこんな風に両替をするなんて知らなくて、ちょっとびっくりした。
 
 空港での両替分で、とりあえずは不自由はないくらいの金額はタケが両替したのだけれど、レートがいいみたいで、車の中では私が少し両替した。
 外国のお金を持つのは、少し緊張する。しかも、なんだか分かりにくいし。
 あれこれが終わっても、ちょっとだけ到着には時間があって、その間に私がお金をごそごそやっているのが分かったのか、ガイドさんが説明してくれた。
 香港では返還前のお金とかも混じってるし、発行する銀行も三つあるので、分かりづらい、ということだった。
 それに日本では、1と5の単位しかお金はないけれど、香港ドルは2ドルとか20ドルっていう、「2」のお金もあるし。分かりづらいなぁと思うけれど、それは日本人の感覚なのかな。慣れればそうでもないかもしれないけれど、きっと三日間では慣れないだろうなと思った。
 
 私たちのホテルはプラザホテル。九龍地区のほぼ中心に近いところにある。まわりの感じはちょっと下町っぽいかな。
 海に面している辺りは高級ホテルなのだそうだ。ハイアットや、香港といえば、かの有名なペニンシュラや。
 ホテルの窓からは、たしかにそんなにきれいな景色は見えないけれど、いかにも香港っぽい、ビルや看板が見えて、それはそれで、悪くないと思う。
 
 チェックインをしてもらって、そこからは私たちだけ。とはいえ、日本のホテルと何も変わらず、普通に部屋に入った。今日の予定は、夕方から「オープントップバスと北京ダックの夕食」というオプショナルツアーに申し込んでいる。
 ホテルの集合が18:00なので、まだ3時間ほど暇がある。外を少し歩いてみることにした。
 
 ホテルの中の快適さとは裏腹に、外へ出ると熱波が襲ってくる。一応帽子は持ってきていて、かぶって出たのだけれど、かぶると中が蒸れて暑いし、かぶらないと日光で暑いしで、どっちにしてもイライラするのに変わりはない。
 どこへ行く、と決めていたわけでもないので、来る前に買っていたガイドブックの地図を見ながら、適当に海の方へと歩いた。
 最初にまず、莎莎がある。Sasaとなっているので、多分ササと読むのだと思うけれど、香港では有名なチープコスメのお店。今回来るに当たって、ここと、あと「ワトソンズ」というドラッグストアだけは覗いてみようと思っていた。
 
 「みのりが言ってたのって、ここ?」
 タケが聞く。
 「うん、見ていい?」
 「……俺も行く」
 化粧品屋はさすがにいくらかは入りにくいみたいで、くっつくみたいにタケも付いてきた。
 「見るものあるの?」
 「フレグランスだけ、見たいから、後でちょっと付き合って?」
 「あぁ、……」
 タケの売り場は化粧品は置いてないけれど、フレグランスは化粧品売り場顔負けの品揃えだ。
 
 とりあえず、見る、とは言っても買うのが目的じゃないし、なんとなく、奥の方へ。日本人だと分かるみたいで(さすがプロだなと思う)、片言の日本語で、積極的に話しかけて来られる。
 こういうときって、どうすればいいんだろうと思うけれど、話を聞くと、買わないといけなくなりそうで、結局あんまりそっちを向かずに、結局入り口の方まで戻ってしまった。
 私たちが入ったお店は、手前にチープコスメ、奥にブランド、っていうレイアウトになっていて、手前は観光客じゃないような女の子達もかなり多かった。
 奥の商品も見たかったんだけど、あんな風に寄ってこられたら、ちょっと無理。
 結局、タケがフレグランスのサンプルをいくつか買って、そこは後にした。
 
 フレグランスのサンプルは、普通は新商品が出たときに配られたりするのだけれど、それをすごく安く売っている。
 「これって、メーカーからあまってるのが流れたりしてるんだよな?」
 「そうじゃないかなぁ……?」
 日本では、商品としては売られているのは見たことないかな、と思う。都会へ行けば違うのかな。
 「見たことないのも、結構あるから、ちょっと買ってみるわ」
 タケがそう言って、いくつかを手にとって、レジへ。
 男の人だし、身長も高いから、目立つなぁ。
 
 少しだけ、お客さんで来ている他の女の子の視線を集めているのは、私にも分かった。
 袋に入れてもらった商品を持って、タケが帰ってくる。
 少し変な顔をしていた。
 「どうしたの? 何かあった?」
 思わず聞いてしまう。
 「いや、別に……いいんだけど、俺って日本人に見えないのかな?」
 「え?」
 「多分広東語で話しかけられた」
 「えぇっ?」
 店を出ながら話す。
 「お店の人とその後、もう一人、別の女の子と」
 「ホント?」
 「……多分、だけど。お店の人は、何かぺらぺらっていうから、え? とか思って、きょとんとしてたら、その後は普通にレジ打って、払ってきたんだけど、その後、お客さんみたいな女の子にも、何か言われた」
 うわー。っていうか、それって、逆ナンなんじゃないかなぁ。
 「それでどうしたの?」
 「立て続けだから、思わず『え? 何?』って日本語で返しちゃったら、向こうもそれで分かったみたいで、何か言って、どっか行っちゃった」
 
 どうなのかな。私の目には、日本人もそうじゃない人もほとんど見分けがつかないけれど。でも私は日本語でしか話しかけられないから、多分見る人が見たら、「日本人」って分かるんだろうなぁ。
 「俺ってもしかして、インターナショナル?」
 「そう思っとけば?」
 「……」
 もしかして日本人かもと思っても、それでも話しかけてみようかと思うくらい、かっこいい、という可能性は残されているけれど、それを言っちゃうと、タケがますますその気になりそうなので、それは口には出さない。
 「それよりも、次、どこ行こう」
 「どこでも。みのりの行きたい所でいいよ」
 タケがそう言った。
 

 ネイザンロードを海の方へと向かって歩く。さすが、中心の通りなだけあって、やたらと人が多い。中国人っぽい人(というか、香港の人というべきか)が一番多いんだけど、それ以外にもいろいろな肌の色の人や、色々な言葉があふれていて、あぁ、国際都市って感じだなぁと思う。
 返還される前は、どんなだったんだろう、とふと、そんなことを思った。
 
 建物の間から海が見えるようになったら、そこが一番南の道路。
 「わー、これがペニンシュラか」
 「でかいなー」
 角を曲がって、ふと広場みたいなところに出たかと思ったら、それは広場ではなくて、ペニンシュラの車回しだった。
 私たちが来た道を挟んで反対側にハイアット。どちらも海の方を向いている。
 アーケードに行こうかと思ったけれど、海の光が見えると、やっぱりそっちへ行きたくなって、スターフェリーの埠頭の方へと向かった。
 
 「なぁ、暑くないか?」
 「暑いけど」
 タケがそう言ったのは、デザートを売っているお店の前だった。
 チェーン店らしく、滞在中にも、結構あちこちで見かけたお店。
 「でも」
 海はもう、すぐそこ。
 「暑いっ!」
 「ハイハイ」
 結局中へと入って、ジュースを頼む。タケはデザートを。普段はそんなに食べないのに、なんでこんなときには食べるんだろうと、少しだけ不思議に思った。
 
 席について、飲みながら、地図を広げる。
 街角で地図を広げるのはあまり好きじゃないけれど、ここなら許してもらえるだろう。
 
 「あ、DFSギャラリア、この近くだな」
 「知ってるの?」
 「名前は一応」
 「でも、明日のツアーで、スケジュールに入ってなかったっけ?」
 「え、そうだった?」
 「そんな名前だったよ」
 明日は朝から、ツアーについている観光ツアーがある。そのスケジュールの中に、その名前を見た気がした。
 
 「あ、糖朝も近くだ」
 「はいはい『糖朝』ね」
 タケがボールペンで印をつけた。
 「で、俺の提案なんだけど、明日の夕食をここにして、ついでに足つぼやらない?」
 「いいねー」
 
 実はここまで来る間にも、ネイザンロードから少し入ったら、わりとそういうお店はあって、片言の日本語で声掛けもされたりした。でも、さすがにそのまま誘われて、という気にはならなくて。
 「どこがいいんだろう」
 「明日のツアーで聞いてみる?」
 「でも、予約、取れないかもよ?」
 「そっかー。明日の、明日じゃあ、なぁ」
 
 結局同じく近くに、日本のクレジットカード会社のトラベル窓口があることも分かり(というよりも、その時見ていた地図は、その会社発行の地図だった)、そこに行ってみることに。
 「じゃ、明日はツアーから帰ったら、足マッサージと、糖朝と、……ペニンシュラのアーケードを冷やかす、ってことで?」
 「あ、やっぱり行くんだ」
 「そりゃ一応……」
 「今行けば?」
 「明日でいい」
 「そう?」
 
 多分、空港で言ってた、服装を気にしてるんだと思う。
 でも、ここを歩いている人たちを見たら、そんなに気にすることもないんじゃないかなと思うけど。
 「じゃ、そろそろ出るか」
 お店を出ると、そこはもう、船着場。同じならびに、私の行きたかったもう一つ、ワトソンズもあったので、ついでに入る。
 「ここはホント、日本のドラッグストアと変わんねーな」
 タケが言った。たしかにそう。
 「あ、でもPB(プライベートブランド)が多いかなぁ」
 雑貨品は、かなりの量をPBが占めている気がした。手持ちの水がほとんどなくなっていたので、お水を買う。あちこちで持っているのを見かけたお水は、ここのPBのお水だった。
 
 ワトソンズを出てから、埠頭へ。といっても、乗るわけではないので、建物の中の雰囲気だけ。
 「明日はこれにも乗るんだよね」
 タケに一応聞いてみる。
 「そう書いてあったと思うけど?」
 「なら、いいや」
 
 結構古くて、そんなにきれいな建物でもないし、……むしろボロなんだけど、なんだかとても古風というか、アンティークっぽいというか、懐かしい感じというか。そういう空気を感じる。
 もし乗れないんだったら、今日乗りたいかなぁと思ったんだけど。
 時計台があって、その辺りから見ると、フェリーが行き来しているのがよく見えた。
 
 「そろそろ、行くか」
 タケが言った。時計を見ると、もうまもなく五時。あわてて、タケの後を追った。
 
 カウンターでは何の問題もなく、10分ほどで予約は完了。で、ホテルへと戻る。一旦、汗を拭いたりして、タケはTシャツを着替えたり、……私も一応ちょっと変えて。
 夕食は一応北京ダックだから、それなりのレストランかな、と思うので。
 5時50分、集合場所のロビーへと降りた。
 

 少し遅れるかも知れません、と言われていたわりには、3分前にはそれらしい人が来て、
 「岸本さん?」
 と尋ねられた。
 流暢な日本語だったけれど、日本人じゃないような名前。思わず、どっちなんだろう? と顔を眺めてしまったけれど、結局よく分からないままだった。
 
 「これからもう一件、ホテルによって、まずは本日の夕食場所に向かいます」
 ということ。どんな人たちなんだろう、とちょっとだけ緊張する。
 ビクトリア湾に近い辺りのホテルの前で待たされて、乗り込んできたのは私たちより少し年上かな、という感じのカップルだった。
 「お待たせしました」
 女性の方がそう言って、バスに乗ってきた。
 男性の方も軽く頭を下げる。私たちもつられて頭を下げた。割りと感じのいいカップルで、よかった、と思った。
 
 で、レストランへはそこから走ること10分くらい。何もろくにしゃべれないままに、着いてしまった感じだった。
 ガイドさんに続いて降りて、レストランの中へ。
 夕食時間だから当然かもしれないけれど、お客さんはすごく多くて、ちょっとだけほっとした。それなりに美味しいお店なんだろうなと思うから。
 
 私たちの他にも日本人観光客みたいな人たちは何組かいたけれど、そうではない人の方が圧倒的に多いし。
 席に着くと、もう、前菜のような感じで、料理がいくつか並んでいる。
 野菜をいためたもの、シューマイ、揚げた……肉団子? みたいなもの。
 それからスープが来て、そして肝心の北京ダック。
 そこまでガイドさんがそばにいて、あれこれ説明してくれたり、飲み物のオーダーを取ってくれたりする。
 タケはチンタオビール、私はカールスバーグを頼んだ。
 
 一緒のツアーのカップルの人たちも同じテーブルなんだけど、料理は二人で一皿。だからあまり気にならないというか、普通に知らない同士で相席になった感じ。それも寂しいような気がするけど、結局調味料を取って貰う時くらいしか、話をしなかった。
 「あー、こういうのなんだ」
 「パンみたいなんだと思ってた」
 私とタケの意見が一致したのは、北京ダックを包んで食べる皮のようなものの話。
 なんでそんな風に思ってたかというと、お店の惣菜コーナーで売ってる北京ダックがそういうのに挟まって売られているから。
 「あれはやっぱり、日本向けなのかなぁ」
 「っていうか、単純に創作なんじゃない?」
 実際の目の前のそれは、パンというよりは、厚目のクレープといったところ。
 
 肝心の北京ダックは……まぁこんなものかな、という感じ。
 それよりもつけあわせで出てきた野菜炒めが美味しかった。
 食事が終わって、デザート。タピオカココナッツ。ぺろりと平らげた頃、見計らったみたいにガイドさんがやってきた。まぁ、どこかで見てるんだろうとは思うけど。
 「おいしかったですか?」
 そう聞かれたので、
 「えぇ、まぁ」
 とあいまいに笑った。
 ガイドさんもそれきり、何も言わなかった。
 
 その後、オープントップバスというのに乗って、夜景を見に出かける。
 オープントップバス、というのは、うーん、二階建ての屋根なしバスで、……実物を知らない人にはイメージが湧きにくいかもしれない。
 私たち以外のツアーとも合流して、全員で17、8人プラスガイドさん、という人数になった。
 
 二階建てバス自体にほとんど乗ったことないし、ましてや上は開いてるし、ということで、最初はなんだか落ち着かない気がしたけれど、車が動き出してからは、風も幾分か涼しくなって、大分快適になった。
 集合場所の近くでは、まだそこまででもないんだけれど、ネイザンロードに出てしまうといかにも香港な看板が、手が届きそうなくらいすぐ近くまで迫ってきて、通り過ぎていく。
 その度に思わず「きゃー」とか「うわー」とか叫んでしまって、でもそれは周りの人も同じみたいだった。
 ふとあのお話(香港甜品)にも、同じような場面があったなぁ、と思い出した。
 遊園地みたいな、完成されたスリルも嫌いじゃないけど、これはこれで、迫力あるもん。楽しんだが勝ちかな、と思う。
 

 バスは山の方へと向かって走る。片道20分くらいのところに、ちょっとした展望台のようなものがあって、そこで停まった。みんなでぞろぞろと降りる。
 ちょうど目の前が九龍半島で、その向こうにビクトリア湾と香港島。
 ぐるりと広がる夜景は少しかすんでいたけれど、100万ドルの夜景っていうのは、こういうことか、とちょっとだけ納得した。
 とにかく町の明かりがすごいし、島は島で高層ビルがすごいし。それが、ぎゅーっと狭い地域にひしめいているので、宝石箱っていう表現が一番ぴったりかなと思う。
 
 その展望台には15分ほどいて、山を降りる。次は女人街。
 一旦「香港甜品」のことを思い出してしまったら、どうしても、話を思い出して、つい顔が笑ってしまった。
 「何、わらってるんだよ」
 「いや、……女性を売ってるわけじゃないんだよな、と思って」
 「当たり前だろ」
 タケには呆れられた。ネタだとは気づいてもらえなかったみたい。ま、仕方ないか。
 
 想像していた以上にゴミゴミしていて、あまり欲しいものはなかったけれど、それでもタケと一緒に結構あれこれと見て回るのは楽しかった。
 「うわっ」
 「なんだよ」
 「っごめんっ、なんか踏んだ」
 「? あぁ、」
 ダンボールの切れっ端とかも落ちていて、雨が降ったわけでもないようなのにぐちゃっと濡れている。
 「あんまりきれいなところじゃ、ないなぁ」
 「そうだよね」
 
 灯りはあるけれど、所詮は屋台というか、そういう感じの灯りだから、日本の街中に比べたら、かなり暗いんだろうなと思う。昼に来たら、ちょっとびっくりかも。
 結局何を買うこともなく、自由時間をつぶして、集合場所へと帰った。
 ガイドさんは
 「え? 何も買わなかったんですか?」
 と少しびっくりしていた。確かにツアーの他の人たちは、何か色々と手に持ったりしてるみたいだけど。
 
 「えぇ、いいです」
 そう言って、バスへと乗り込んだ。
 時間はもう10時をまわってる。バスの中ではタケは少しだけうつらうつらしていた。
 ホテルへ戻って、コンビニに行って、帰ってきたらもう11時前。
 シャワーを浴びて出てきたら、タケはもう夢の中だった。うーん、せっかくの香港なんだけど。何がせっかくだか、わかんないけど。
 でも、起こすのは少ししのびなくて、結局私もそのまま寝てしまった。

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