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 4.

 お盆が終わった。私はやっぱり事務所の窓から外を見ては、あれこれ考えていた。
 外には、白いススキ。すごく早い。なんでだろうと思うけど、それは気付いてなかっただけで、結構前から、徐々に白くなっていたみたい。でもススキってこんなに早かったっけ。そんなことをぼんやりと考えていたら
 「フカちゃん、最近どうしたの?」
 チーフからもそんなことを言われてしまった。
 
 あれこれ考えていると、どんどん臆病になってる自分に気付いた。
 
 お盆の時は、忙しいからって遠慮してたのは事実だけど、お盆が終わっても、シローくんとは相変わらず仕事以外はメールだけ。
 仕事終わった後にだって、会おうと思えば会えるのに。
 休み一緒じゃなくたって、同じ町に住んでいるわけだし。でも、その辺り、シローくんがどう考えているのか分からなくって、不安になって、自分からは何も言い出せないでいる。
 
 そして昨日。メールの返事が返ってこなかった。普通はそんなに時間かからずに返ってくるのに、返ってきたのは夜も結構遅く。遅くなった言い訳も何もなくて、文面もそっけない感じで。
 たまたま、なのかも知れない。でも。いったん不安に思いだすと、何もかもが悪い風に思えてしまう。
 
 9月の上旬に旅行に行く話も、日にちだけ連絡があったけど、その先、どこに行こうとかそんな話もぜんぜんなくて。
 実は私はシローくんのことなんて、何にも知らないんじゃないかと、そんなことに気がつく。そりゃお互いさまかも知れないけれど。
 
 シローくんのことをもっと知りたいな、と思うし、もっと会いたいって思う。シローくんはそんなこと、考えないのかな。
 メールの最後に、「会いたいな」と、ついつい入れてしまった。うざがられたらどうしようとか、ちらっと思ったけど、もう我慢できない気がして。
 そんなことを私から言ったのは初めてで、シローくんからはすぐに電話がかかってきた。
 ……言って良かったのかな。
 
 「何かありました?」
 何かないといけないのかな。思わずそんなことを思ったけど、それは口には出せない。
 「ううん、そういうわけじゃないんだけど。会いたいなって」
 「え、今、ですか」
 「ダメ? ムリ?」
 私がそう言うと、ちょっとシローくんの口調があせった感じになった。
 「いや、そういうわけじゃ……えっと、じゃ、俺、行きますから」
 
 夜も遅かった。仕事で疲れてるの分かってるのについ言っちゃって、自分のそんな所が少しだけいやになった。
 でも、10分で現れたシローくんの顔を見たら、ちょっとほっとして、泣きそうになる。センシティブになってるなぁ。
 「コーヒーでも淹れるよ」
 そう言って、扉を開けたけど。
 「いや、もう夜も遅いし、いいです」
 玄関前。
 
 「繭子さんも明日、仕事でしょう?」
 そうだけど。
 本当に、会うだけ? シローくんの顔を見上げる。私の心の中は、それで通じたみたいで。
 「俺も会いたかったけど、明日は二人とも仕事でしょう? それにこんな時間に女の人の部屋にっていうのは、あんまり良くないし」
 恋人同士、なんじゃないの? それでも、ダメなの?
 
 「……分かった」
 私が小さく呟くと、シローくんは少しほっとしたように笑った。でもその笑いが私を少し悲しくさせる。
 「繭子さん、明後日は予定ある?」
 「え?」
 明後日は私の公休。だけど予定は特にない。
 「俺、明後日半休にするから。一緒にどっか、行きましょう?」
 「え?」
 だって。
 
 「俺だって、会いたいとは思ってたんですよ。でも、……ま、忙しかったのも事実だし、それに甘えてたところがあったかも。すみません」
 謝られることじゃないと思う。でも会いたいと思ってたって言ってもらえると、それはやっぱりすごくうれしい。
 「いいの?」
 「はい」
 シローくんがにこっと笑ってくれて、あぁ、本当なんだ、と思う。いっぱい色んなことを考えてたけど、私からだって、もうちょっときちんと言ったらよかったのかな、ってそんなことを感じた。
 
 「えっと」
 シローくんが小さく呟いた。おずおずと、手が伸びてくる。目が、私の反応をうかがっている。
 私からも、ちょっとだけ寄シローくんに寄った。
 抱きしめる、まで行かない、でもちゃんとしたスキンシップ。
 
 「だから、帰れなくなるとまずいんで、今はここで」
 「うん」
 ちょっとため息をつくみたいにシローくんが息をした。と思ったら、手は離れていた。
 照れくさくて、それはきっとシローくんも一緒で。
 「じゃっ」
 すっと離れて、シローくんが手を振った。
 私も小さく手を振った。
 

 翌々日、朝からなんとなくそわそわして過ごした。とりあえず半休にするとは言ってくれたけど、実際に仕事が終わるのは何時か、はっきりとは決められなくて(取引先の都合とかもあるので)、最悪やっぱりダメってことになるかも知れないし……なんて考えてたら、正午にメール。
 一時過ぎには終わるってことで、なんだかちょっとほっとした。
 
 一時半を少しまわって、シローくんの車がアパートの前へ。
 「どこか行きたいところありますか?」
 「……シローくんの家」
 「え?」
 
 困惑した顔。そんな顔、するかなーとは思ってた。でも実は私なりに考えて考えて言ったこと。
 私はシローくんのことをあまりにも知らない。どんなところで生まれて、どんなところで育って、どんな所で生活してるのか。知っているのは、お店に来た時の、本当に本当に一部と、それからこの前海で話した程度のことだけ。
 
 「やっぱ、ダメかな。あ、片付いてないとか、そんなのは気にしないから」
 「いや、そういうことはないんですけど」
 想像もしてなかったから、ちょっと驚いた、とシローくんは言った。
 「何にも、ないですよ?」
 ……そうかもしれないけど。
 「シローくんのことね、もっといっぱい知りたいなぁって思ったんだ。そうしたら、やっぱり家行ってみたいなって思ったりして」
 「誰もいないですよ?」
 「? うん」
 家族に会いたいとかじゃあなくて。っていうか、いきなり紹介されても困るし。
 
 「それでいいんなら、いいですよ」
 「良かった」
 シローくんがそう言ってくれたから、ほっとしてちょっと笑ったら、シローくんも少し笑って、車を発進させた。
 

 家は旧市街地の中にある。いささかさびれかけてはいるけれど、まだそれなりには元気そうな商店街の一角。この町は観光客も結構来るから、平日はともかく、土日は結構お客さんも来るらしい。
 「どうぞ」
 建物は古めかしい日本家屋の、でもところどころリフォームしたような感じの家だった。台所だと思うのだけど、その辺りは結構きれい。
 「あっちが表で、お店ですよ」
 シローくんの説明によれば、そこは本当に裏口というか、通用口なんだと思った。
 
 入ると中は大分暗い。通路が少し入り組んでいて、右の通路の先には明るい光が見えた。多分、そっちが店。
 「こっちです」
 シローくんがいなければ、きっと迷うんだろうなと言うくらい複雑な作りの家だった。
 「何度か建て増しとか、リフォームとかしてるんで……分かりづらいでしょう?」
 私の表情を見透かしたかのように、シローくんが言った。
 「でもおかげで、小さい頃はかくれんぼとか楽しかったですよ」
 お兄さんとかと、してたんだろうか。そんな姿を想像すると、可愛らしくて、少し笑った。
 
 「どうぞ」
 通された、シローくんの部屋。南向きの窓の向こうに、濃い緑の木が見えた。それは窓の半分を覆って、涼やかな木陰を部屋の中に落としている。
 「暑いですか? エアコン、つけましょうか」
 開いていた窓を閉めながら、シローくんが言った。
 網戸になっていた窓の向こう、木の緑のシルエットだけが残った。
 
 「とりあえず、飲み物くらいは出しますね」
 シローくんがそう言って部屋を出てから、私は思わず部屋の中をあれこれと見てしまう。
 シンプルなカーペットの――おそらくは元は和室だったものを、多少リフォームしたのだろう――部屋。あるものは、壁に埋め込まれたクローゼット、シンプルな木のベッド、そして机と本棚。
 
 いわゆる「男っぽい」部屋の要素はあまりなかった。
 明日から私の部屋だと言われても違和感はないほどのシンプルさ。ただ、本棚に納められた本のうち、経営に関するっぽい本の量が目を引いた。
 「基礎」? 「概論」? ……これって、大学とかのテキスト……?
 シローくんって、今、何歳なんだろう?
 あまり深く考えないようにしていた疑問が、ふと浮かび上がった。でも、その時シローくんが帰ってきたから。
 
 「こんなものですけど」
 シローくんが冷えた麦茶と、そしてなにやら皿に盛られたものを持ってきた。つい、それで私の頭はそっちに行ってしまう。
 
 「何? これ」
 目の前にはなんとも言いがたい、スポンジケーキか何かの切れ端のようなものがうずたかく積まれていた。
 「お客様に出すようなもんじゃないんですけど」
 シローくんが、一旦言葉を切った。
 「うちの、あん巻きのヘタです」
 
 「は?」
 「これ、結構おいしいんですよ。……うちの、昔からのおやつと言えばこれで。えっと、その……あん巻きそのものよりこっちの方が、おいしいと俺は思うんだけど、……繭子さんだったら、なんか分かってくれるかな、とか思って……」
 だんだん、ちょっとまずかったかなー、という口調になるシローくんに、ついつい頬が緩んだ。あぁ、気にしてくれてるんだな、とか、そういうのが伝わるのは悪い気はしない。
 「さっき、繭子さんが知りたいって言ってくれたから、――これ、おいしいって思ってもらえたら、嬉しいなって……」
 「いただきます」
 シローくんの気持ちが、なんとなく分かって、それはじんわりと嬉しくなった。
 私もきっと、自分の好きなものは、分かって欲しいと思うから。シローくんの好きなものは、私も好きになりたいと思うし。
 
 「あ、ホントだ、おいしい」
 見本であん巻き貰ったこともあったけど、この切れっ端は切れっ端で、おいしいと思った。
 「でしょう?」
 嬉しそうに笑うシローくんを見たら、なんだかとても幸せな気分だった。
 「……好きだな」
 思わずこぼれた言葉。
 「気に入ってもらえたら、嬉しいです」
 そう言ったシローくんに。
 
 「違うよ、シローくんのことだよ」
 思わず自然に言葉が出てきた。
 「え?」
 言ってから、うわー、言っちゃった、と思った。でも、本当の気持ちだし。
 シローくんの顔が、大分赤くなっていた。
 「本当、ですか?」
 シローくんが言った。シローくんのその照れっぷりに、私もつられて赤くなる。
 「うん、本当」
 
 そう言ったら、シローくんの手が伸びてきた。
 「すみません、その……」
 腕を軽く掴まれて、引き寄せられる。うわっと思った瞬間には、シローくんの顔はもう、目の前だった。
 「いい、ですか?」
 私はそれには答えずに、黙って目をつぶった。
 
 ふわりと体全体を包まれる感触があった。抱きしめられて、唇が降りてくる。何度も、確かめるみたいに角度を変えて唇が当たっていたかと思ったら、隙間から舌が忍び込んできた。
 途中、一回シローくんが堪らないみたいに切なそうに息継ぎをしたのだけ、やけに近くで聞こえた。
 その情熱的なキスは、普段のシローくんのイメージとは違っていて、でもちっともイヤじゃなくて、むしろ嬉しくて、体の奥の方からシローくんを好きな気持ちがあふれ出しそうだった。
 でも、シローくんの手が、首筋から胸に移ったとき、思わず少し腰が引けてしまった。
 
 確かにその性急さにはちょっとびっくりしたのもあったんだけど、そんなにイヤだったわけじゃなくて、でもその瞬間、シローくんははっと我に返ってその手を離した。
 「すみません、……つい」
 気まずそうに目をそらしたシローくんの視線を追いかける。
 「その、俺から誘ったし、繭子さんって俺のことどう思ってるのかなぁとか考えたら、ずっと自信が持てなくて、結構悶々としてたりしたのが嘘みたいで、そう思ったらちょっと歯止めが利きませんでした」
 ちょっとしょぼんとした、申し訳なさそうな口調で言うシローくんに笑ってしまう。
 「ううん、いいよ」
 私の腕を掴んでいたシローくんの腕を、私もそっと握り返した。
 「私もちょっと不安だったりしたし」
 「えっ?」
 「職場でしか会えないし、会えたってやっぱりどうしても職場だし、……メールの返事が返ってこなかったりしたらそれだけで泣きそうだった」
 「えぇっ?」
 
 シローくんは、最初心当たりがないみたいに驚いてたけど、やがて小さくあっと呟いた。
 「あの、あれはその」
 「何?」
 「秋の連休があるからと思って、盆に頑張りすぎて、ダウンしちゃったんです」
 首をすくめて、シローくんが言った。
 「えぇ?」
 「みっともないし、情けないし、心配かけてもいやだし、と思って言わなかったんですけど……」
 思わず、へなへなっとしてしまう。聞いてしまえば本当に大したことじゃないのに、あの時の不安だった気持ちとか思い出したら堪らなかった。
 「俺、多分頼りないとか思われてるんだろうなと思ってたし、その上そんな所見せられないよとか思って……裏目に出ちゃいましたね」
 スミマセン、とシローくんが言って、私を抱きしめた。
 私は私で、あはは、なんだー、そうかーと思ったらどうにもこうにも、やっぱりシローくんのことが好きだなぁとか思っちゃって、そのままもたれ掛かるみたいにシローくんに体を預けた。

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