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2.教師はピンクの夢を見る

 2.

 狭い、一人掛けのソファの上で、司が私をひざに乗せた。何度も、何度も唇を重ねる。
 「重く、ないか?」
 「大丈夫ですよ」
 けっして頑丈そうでもない司の上に乗るのは、正直抵抗があるが、それでも二人体をあわせたいと思えば、この体勢しか、なかった。
 「やっぱりここは、やめないか?」
 もう一度、司に尋ねた。
 「ダメ」
 司がくすくすと笑う。
 「センセー、覚悟決めなって」
 「そうじゃなくて……痛いか、重いか、だろ?」
 「それも今日まで、ですよ」
 司の左手はしっかりと私の腰を掴み、動く気配はなかった。
 
 「わかった」
 私の言葉に、司の右手が私の頬を撫で、胸元へと指先が落ちる。司の指がボタンをはずすのを、眺めた。
 「あ、今日はフロントホックだ」
 「言わなくていい」
 「なんで? って、やっぱりセンセーもその気があったんだ」
 「そうじゃなくて」
 いや、実際はそうなんだけど。
 朝の夢からこっち、結局のところ司のことで頭がいっぱいで、下着を選ぶ時にだって、ついこんなことを想像して、選んでしまったのは事実なんだけど。
 「お前が変なことをするから」
 「え?」
 「夢の中で」
 
 つい、言ってしまった。言ってから赤面した。夢、なのに。だからあれは、私なのに。
 「俺が? 夢の中で?」
 胸先を転がすようにもてあそびながら、司が私の顔を見上げる。私の言葉をかみ締めるように繰り返した後、にやりと笑った。
 「ふうん」
 しまった、と思う。また、エロ教師とか言われるんだろうかと身構えたが、司はそれ以上の反応はしなかった。
 けれど、その代わりに。
 「ずるいな。一人でイイコトして」
 「ばかっ」
 「ちがうの?」
 「夢だ、夢」
 「でも、変なこと、したんでしょ? それでその気になったんでしょ? 俺、置いてけぼりじゃん。ずるい」
 「ずるいって……」
 司の言いように、言葉を返せなかった。ただ、羞恥が這い上がってくる。そんな私をからかうかのように、司の指が私の胸先を転がすように愛撫した。。
 
 「ま、イイコトはこれからすればいいか」
 揶揄するように、司が私の顔を眺めながら言う。思わず顔を背けると、強引に司の方を向かされた。
 「何? 照れてるの?」
 「当たり前だ」
 自爆とは言え、この状況で平然としている女がいるものならば、そっちの方がありえない。
 「俺は嬉しいけどな」
 「そうか?」
 「こんなことさせるのも、センセーがそんな夢を見るのも、それが俺だけだったら、俺はちょっと嬉しい」
 「何、言ってるんだ」
 司だけに決まっている。
 「俺だけ、ですよね」
 「当たり前だ。お前、まさかそんなこと疑ってたのか?」
 ……まさか毎年こんなことしてると思われてたんじゃないだろうな。
 いやな想像が一瞬駆け巡り、愕然とした。司の学生服の首元を掴む。
 「司、だけだ。エロい想像すんのも、寝顔見てたいのも、襲われても非常ベル鳴らさないのも、変な夢見てその気になるのも、全部司だけだ。他の子たちに、そんな気になったことなど、一度もないし、……っ、だからどれだけ悩んだかとっ!」
 言ってるうちに、自分のしゃべってる内容に愕然として、あんまりな告白だと思いながらも感情が高ぶってきて、絶句する。
 
 司の目がちょっと驚いたように見開かれて、そのまま困ったような顔をして、すっと細められた。
 「分かった。分かりましたから、……だから、何も泣かなくても」
 指が伸びてくる。驚いたことに、私は泣いていた。
 もちろん、だぁだぁと泣いていたわけではない。ただ、司の指が私の目じりをぬぐった瞬間、はっきりと涙の雫が司の指に移るくらいには、泣いていた。
 ぽんぽん、と背中を叩かれる。
 「センセーって感情をあまりださないと思ってたんだけど、そうでもないんだ」
 「うるさい」
 司の指が、私が掴んだ首元をほどく。そのまま指を絡められた。
 「またちょっと近くなった気がして、嬉しいかな」
 指先に口づけられる。司に対して、教師として一生懸命作ってきた仮面を、そろそろはずしてもいいのだと、そう言われたような気がした。
 けれど、それは言葉にはできなかった。その代わりに噛み付くみたいなキスをした。

 「っ……」
 小さく司が唇の隙間から呻いた。
 「センセー、たまらないって」
 欲情にあふれたその言葉が、私にも火をつける。まさぐるように、これでもかと言わんばかりに口内をなめ回した。
 司の手は、私のスカートの裾から、中へともぐりこんで来る。前の時と違って、ためらいのない指先だった。
 「ん、あん……」
 堪えようもなく、はしたない声を上げる。しがみつくように、司の肩を握り締めた。
 司の指が、下着へと掛かり、隙間から直に触ろうと侵入して来る。司がやりやすいようにと、わずかに腰を浮かせると、司は下着にストッキングごと手を掛けた。
 もどかしそうに、太ももから膝へと司の手が這うように脱がせて行く。パンプスが、カタンと下に落ちた。

 「ふ、うん……司、っ」
 激しい指遣いは決して心地よいものとは言えないはずなのに、私の体はこぼれる快感に身を任せるように腰をくねらせて、司の指先をねだってしまう。
 司の舌先が、焦らせるかのように、首筋を何度も往復して、私はそのたびに翻弄された。
 「も、……いい?」
 司の声がいくらか上ずって、私の耳に届く。途切れそうな、そのささやきもまた、私の奥を潤ませるのに十分だった。
 かちゃかちゃという金属のこすれ合う音が聞こえ、私の体の下で司の手が動く。きっとやりにくいだろうに、それは分かっているのに、私は司から離れられないでいた。

 「またいで?」
 司が耳元でささやく。自分が上になって、自分から足を開くことには抵抗があったけれど、今の二人の体勢を考えればそれがもっとも自然だった。
 ごちゃごちゃ考えるのは、やめた。入り口に司自身をあてがって、腰を落とす。
 「んんっ……」
 声が漏れるのを、堪えてかみしめる。行き場のなくなった快感が、背中を忍び上がる。
 「司、上着……」
 それでも、私の体の下になっている上着に気づいた。
 「ん?」
 「汚れる」
 私の言葉に気づいたようで、司は上着の裾を引っ張り出して、ボタンを外し、すこしはだけるように後ろへと押しやった。
 ためらいの元になっていた上着がなくなり、私は一気に司に腰を押し付けた。
 
 「あ、」
 司も、わずかに声を漏らす。私の腰に手を回して、引き寄せるように抱き締められた。
 「センセー動ける?」
 その言葉に、私はわずかに動いたが、一人掛けのソファの上はあまりにも狭かった。しかもその上。いくらか体勢が整ったその時。

 「ちょっと待って」
 司が突然言った。さっき脱ぎ掛けていた上着を脱ぐと、私の背中にばさりと掛けた。
 「え、何?」
 「誰か、来てる」
 その言葉に、心臓がびくんと跳ね上がった。のぼせてはいたけれど、ここは学校なのだ。その現実を改めて突き付けられる。
 「動かなければ、分からないから……」
 耳元で司が小さな声で言った。
 「でも」
 「大丈夫」
 その言葉と共にぎゅっと抱き締められた。
 「動かないで」

 扉の向こうで複数の、恐らくは女生徒と思われる声。こんこんとノックし、ガチャガチャと扉に手を掛けている気配がした。いないよー、と言う声が聞こえた。
 その時、司の掛けてくれた上着が、私の白衣の白を隠してくれていたことに気づいた。ソファは黒だ。学生服の黒と髪の毛の黒はすりガラス越しに見たら、恐らくは一体化して見えるだろう。
 そんなことを考えていたのに。いや、だからなのか。司の指が、突然私の胸の先をひねった。
 「……っ」
 動くなと言われたそのままに我慢して、司をにらむ。そのまま、司はしばらく楽しむように私の胸をいたぶった。扉の向こうの人影は、まだ完全には消えていなくて、私はただじっとされるままだった。
 
 「や、だめ」
 動けないから、逃げられない。抵抗も出来ない。ただ、面白そうに私の表情を見上げながら、いたずらを仕掛けてくる司。私の中はそのままに、ただ張りつけられたように司に弄ばれた。
 「センセー、締め付けないでって」
 苦笑するように、司が言った。
 「やだ、無理、もうだめ」
 司の耳元に唇を寄せて、はしたなくねだる。さっき冷静にここは学校だとドキリとしたはずなのに、声が遠のくと、あっという間に心が戻ってきた。
 「もう少し、我慢して」
 首筋に手を伸ばされた。優しく撫でるその手。司の方が、よっぽど落ち着いているように思えた。
 
 それからどのくらい経っただろうか。一分くらいだった気もするし、五分くらいの気もする。ただ、私はひたすら司にしがみついて、こみ上げてくる快感と戦っていた。

 「っ、もう……センセー、ゴメン」
 そう言った声を聞いた気がした。その瞬間、私の体は中に浮き、そして床に下ろされていた。
 背中の下には、さっきまで肩に掛けられていた学生服が敷かれていた。
 「汚れる」
 「いいから」
 そんなことなど、本当にどうでもいいのだとでも言いたげな少し忌々しそうな顔をして、司が私を突き上げた。
 「っあぁ、あ」
 びくびくと、焦らされに焦らされた私の体が、軽く絶頂を迎える。
 何度も、何度も角度を変え、体を翻弄された。真っ白な時間が、過ぎていく。確かに一度、司は達したはずなのに、それでも終わらなかった。
 これって、若さっていうことなのかな、と思ったところで、私は軽く気を失ってしまっていた。


 とは言え、それはそんなには長くなかったようだ。幾分か心配そうな司の顔を目の前に、ふとわれに返ったとき、司はわずかに短く息を吐き、
 「ごめん、やりすぎた」
 と呟いた。
 起き上がろうとする私を、軽く押さえるような素振り。
 「大丈夫?」
 大丈夫だと答えようとした。だが私の体は想像以上にダメージを受けていたようだ。喉からかすかに掠れたような声が漏れただけだった。

 代わりに手を差し伸ばす。少し照れたような顔をして、司が私を抱え起こした。
 何か言おうと思う。けれど言葉が出ない。心情的にも、物理的にも。
 「少しは、手加減しろ」
 やっと紡ぎ出せた言葉はと言えば、そんなものだった。だが、そんな私の一言に、司は心底ほっとしたように笑った。

 それでも、そんな可愛らしい姿はそこまでのことだった。
 「意外と、こういう状況も燃えますね」
 「こういう?」
 尋ね返す。
 「見つかるんじゃないかとか、そういうスリル」
 冗談じゃない。
 「そういう趣味があるのか?」
 思わずそう言うと、司はしれっと
 「そうかも知れませんね」
 と言った。
 「悪いがそれには付き合えないぞ?」
 思わずそう言うと、司は今度こそ芯からおもしろそうに大爆笑した挙句に、
 「センセーのそういう所を見れる所が、燃えるんですよ」
 と答えやがった。

 ――――― Fin.

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