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4. 眠り王子がんばる

 4.

 「ところでさっきから気になっているんだが」
 「なんですか?」
 「なんで、こんなことになってるんだ?」
 私にくっついて離れようとしない司の頭を撫でつつ、尋ねた。異存はないけれど、司がまるで当たり前のように、私に絡み付いているというのは、正直どこか理解できないというか落ち着かない気分だ。
 
 「え、センセー、まだ分かってないの?」
 「は?」
 さもしたり顔で、司が言った。
 「俺が好きなの、センセーだよ」
 「え?」
 いや、そう、なのか?
 「そ、それはうれしいんだが」
 もう少しなんとか言いようがないのかと自分で突っ込みを入れた。というよりも、今のは告白ということなのだろうか。
 落ち着かない私に、司はおかしそうにくすくすと笑った。
 
 「まさかセンセーがあんなエロい勘違いをするとは思ってなかったけど、まぁいいやって」
 ?
 「俺のお祝いの依頼、覚えてる?」
 「女をメロメロにさせる薬、だろ?」
 「うん、俺としてはさぁ、ほら、よくマンガとかであるじゃん、飲んだら最初に見た人を好きになるとか、そういう類の」
 「本気で言ってるのか?」
 あれは普通、化学ではなく、魔法と言うか、ファンタジーというか、そういう世界の話なのではないだろうか。
 「本気っていうか、まぁ実際に出来るかどうかなんてことは、どうでも良かったんだよね」
 「そんなもの、頼むな」
 思わず憮然としてしまう。が、それがどういう風に、何につながるのか、いまいち理解できないのだが。
 
 「いや、だからさ、出来ても出来なくても、センセーに作ってもらうことが良かったわけで」
 冗談じゃない。ソレのせいで、どれだけ心を痛めたことか。
 「だって、センセー、まさか出来ないなんて言わないでしょ」
 「……う、うん、まぁな」
 おそらくはたとえ依頼を正確に理解していたとしても、出来ないとは言えなかっただろう。
 でもって、多分適当に……適当なものを作っていたはずだ。
 「で、貰ったら、信用できないからセンセーで試させてもらおうと思って」
 「は?」
 
 「信用できないから試させろと言ったら、センセー引き受けざるをえないでしょ?」
 ……。信用できないとまで言われたら、そりゃまぁ。
 「で、センセーに試したら、どうなる?」
 司が尋ねた。
 
 「そんなもの、出来るわけないんだから、どうにもならない」
 「じゃ、センセーは薬を作れなかったと。出来てもいないものを出来たとウソついて、俺にくれようとしたと」
 ……。
 「まさか、センセーはそんなことしないよね」
 ……。
 「ってことは、センセーで試したら、センセーは俺に惚れるっていうか、そういうことにならざるを得ない、と」
 ……。
 「俺ってやっぱ、頭いいと思わない?」
 ……。
 
 「頭はいいかもしれないが、性格は悪いな」
 「そんな、いまさら誉められても」
 「誉めとらんわっ」
 突っ込み返して、ふと気付く。なんだ? もしかして嫉妬に狂って変なもの作ってたら、それが自分に帰ってきてたってことか?
 司がさっき言った「イモリの黒焼き」なんて単語が、ふと甦った。
 「あっぶねー」
 小さく呟く。人間、やっぱり清く正しく生きなきゃダメだなぁ。
 何を今さら、だけど。
 
 「ほら、元々そういうつもりだった上に、センセーがなんだかエロい勘違いして、その挙句妙なこと口走るからさ、ちょっと逆上しちゃったんだけど、終点が同じなら、まぁいいかなって」
 「まぁいいかなって、お前……」
 なんだ? 結局、すなわち私はすっかりと司にはめられたわけだ。いろんな意味で。いや、コラコラ。
 頭の中は、まだ多少動揺が残っているようだ。
 つまらないエロ突っ込みをしながら、司の頬を撫でた。
 
 「つきあい、長いからね。センセーの行動パターンは大体読めるようになったし。少なくとも嫌われてはいないだろうとも思っていたし。卒業までは待とうと思ってたけど、待てなかった、のは……ちょっと悪かったかなと思うけど」
 「いや、いい」
 「そう?」
 「いいことにする。ヘタに待っていたら、他の女に掻っ攫われたかも知れんと思ったら、今、ちょっと焦った」
 「そんなことはないと思うけど?」
 司が笑った。
 
 終点が同じなら……司の言葉を反芻する。そうだな。もう一月と少し。我慢できなかったのは私の方かも知れなかったわけだし。司が大学へ行ってしまってから、後悔してたかも知れなかったわけだし。
 司の策略に、感謝しなければならないのかも知れない。
 「ま、せいぜい、大事にさせてもらうよ」
 こんな言い方しか出来ないけれど。
 その言葉に、司はくすぐったそうに、首をすくめただけだった。

 ――――― Fin.

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